第5章 まだ言葉にしない夏
心操と課題を終え、
白井はノートを抱えて自室へ戻ろうとしていた。
廊下は静かで、
夜の寮特有の落ち着いた空気が流れている。
「……白井」
呼び止める声。
振り向くと、
轟が立っていた。
「少し、いいか」
「……うん」
二人は廊下の端、
窓際へ移動する。
夜風が、
カーテンをわずかに揺らした。
⸻
「今日の課題」
轟が、前を見たまま言う。
「……心操と、やってたな」
「うん」
短い返事。
轟は、
それ以上踏み込まない。
「……林間合宿のあと」
一拍。
「無理は、してないか」
白井は、少し考えてから答える。
「……前よりは、してない」
「そうか」
それだけで、
轟は小さく頷いた。
沈黙。
でも、気まずくはない。
「……俺は」
轟が、低く続ける。
「自分の感情に、最近名前がついた」
白井は、驚いて彼を見る。
「……名前?」
「白井に対する好きって、感情だ」
淡々と。
でも、誤魔化しはない。
「だからこそ、踏み込まない」
白井は、言葉を失う。
「今の距離が、
お前にとって楽なら」
「それを壊したくない」
それは、
告白でも、要求でもない。
自覚の共有。
「……ありがとう」
白井は、静かに言った。
「正直に話してくれて」
轟は、軽く首を振る。
「返事は、いらない」
「……ただ、知っていてほしかった。白井のことを大切に思ってることを。」
それだけ。
「じゃあ、おやすみ」
「……おやすみ、轟」
二人は、
それぞれの部屋へ向かう。
轟の背中は、
揺れていなかった