第5章 まだ言葉にしない夏
夕方の寮。
共有スペースの賑わいは少しずつ引き、
残っているのは、数人分の気配だけだった。
白井は、
テーブルにノートを広げたまま、ペンを止める。
「……静かになったね」
「皆、部屋戻ったな」
隣に座る心操が、
教科書を閉じながら答えた。
約束通り、
課題の続きをするために残った二人。
他意はない。
——少なくとも、言葉にはしない。
「……ここ、分かりづらい」
白井がページを指す。
「公式は合ってる。
でも、この条件だと仮定が足りない」
心操は、淡々と説明する。
声は低く、落ち着いている。
教える、というより
一緒に考える距離感。
「……なるほど」
白井はメモを取りながら頷く。
沈黙が落ちる。
でも、気まずくない。
鉛筆の音。
ページをめくる音。
——心地いい。
⸻
「……合宿のあと」
心操が、不意に言った。
白井は、ペンを止める。
「前より、
力を出すのを躊躇しなくなったな」
評価ではない。
観察の共有。
「……うん」
白井は、少し考えてから答えた。
「隠さなくていいって、
分かったから」
心操は、それ以上聞かない。
——今は、ここまで。
代わりに、別の話題へ戻す。
「……この問題、
試験範囲に出そうだな」
「……ほんとだ」
話題は、再び課題へ。
でも、
さっきの一言が、
静かに残る。