第5章 近づく距離
エルヴィン・スミスは、食堂から少し離れた廊下の柱陰に立ち、静かに会話を聞いていた。
まだ団長ではなく、調査兵団のひとつの班を率いる班長に過ぎない彼にとって、兵士たちの日常のやり取りは、重要な観察対象だった。
特に、地下街から来た三人――リヴァイ、イザベル、ファーラン。
彼らの動向は、エルヴィンが描く未来の鍵を握っている。
イザベルの弾んだ声が、廊下に響く。
「兄貴も早く教わってよ! 一緒に壁外行けるようになったら、俺たちの力見せつけようよ!!」
ファーランの落ち着いた声が続く。
「あの人は教え方が上手い。……お前が教わったら、すぐ追いつくだろうな」
そして、リヴァイの短い、だが決定的な一言。
「……明日、行く」
エルヴィンは、柱の影で微かに口元を緩めた。
(……ついに、か)
彼はすべてを予測していたわけではない。
リヴァイがユキノから馬術を学ぶなど、最初は想定外だった。
あの孤高の刃が、壁育ちの医官見習いに頭を下げる日が来るとは。
だが、最近の馬舎での様子は、報告を受けていた。
リヴァイが毎日のように影から見ていること。
イザベルとファーランがユキノに懐いていること。
そして、リヴァイの表情が、苛立ちの奥に少しずつ別の色を帯び始めていること。
エルヴィンはそれを、静かに見守ってきた。
(リヴァイ、お前は変わり始めている)
地下街の狼は、強さだけで生きてきた。
仲間を守るために、すべてを切り裂くために。
だが今、ユキノという存在が、その殻に亀裂を入れている。
優しさ、信頼、仲間を“守る”以上の何か――生きる喜びを与えるもの。