第5章 近づく距離
なのに。
ユキノは、何も命を賭けていないように見えて、
イザベルをあんなに無邪気に笑わせ、
ファーランをあんなに穏やかな顔にさせる。
ただ、優しく手を差し伸べるだけで。
(あいつは……俺の代わりに、やってのけてる)
守ることではなく、幸せにすること。
生き延びさせることではなく、生きる喜びを与えること。
それが、自分にはできなかったことだ。
(俺には……あんな優しさ、ねぇ)
母親の記憶は、痛みしかない。
失った絶望、飢え、後悔。
優しい言葉をかけることも、頭を撫でることも、
できなかった。
ユキノは、それを自然にやってのける。
母との思い出を胸に、馬を愛し、仲間を大切にし、
笑顔を増やしていく。
それが羨ましい。
憎らしい。
認めたくない。
(あいつがいるから……イザベルもファーランも、変わってきてる)
壁の上での生活に、少しずつ馴染み始めている。
笑顔が増えている。
未来を、少しだけ楽しみにしているような顔をしている。