第5章 近づく距離
ファーラン・チャーチは、馬舎の柵にもたれ、目の前の茶色の牡馬を睨むように見ていた。
地下街育ちの彼にとって、馬は「でかい」「臭い」「予測不能」――要するに信用できない存在だった。
「こいつ、俺のこと嫌ってるだろ……」
馬が鼻を鳴らして首を振ると、ファーランは一歩後ずさった。
これまで立体機動の策士として冷静に振る舞ってきた彼が、珍しく顔をしかめている。
そこへ、ユキノが静かに近づいてきた。
「ファーランさん、練習ですか?」
ユキノはいつもの穏やかな笑顔で、馬の横に立つ。
彼女が手を伸ばすと、さっきまで気難しげだった馬が、すぐに鼻をすり寄せてきた。
ファーランは苦笑いを浮かべた。
「……ああ。エルヴィンに『壁外じゃ馬が命綱だ』って言われてな。
でも、正直どう接していいかわからねぇ」
ユキノは小さく頷き、馬の首筋を優しく撫でながら言った。
「この子は『レオン』っていいます。少し気難しいけど、根は正直者ですよ。
まずは、怖がってないって伝えてあげてください」
彼女はファーランの手を取って、ゆっくりとレオンの鼻先に近づけた。
最初はファーランの手が固かったが、ユキノが「掌を上にして、力を抜いて」と囁くように導くと、レオンが静かに鼻を触れてきた。
「……温けぇな」
ファーランが小さく呟く。
その声に、わずかな驚きと――安堵が混じっていた。