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翼の約束

第5章 近づく距離


ユキノが馬の首筋を撫でながら、小さく呟いた言葉が風に乗って届いた。

「お母さんが小さい頃、よく乗せてくれたな。あなたたちを見ると、ちょっとだけ……あの頃を思い出す」

その声に、かすかな寂しさが混じっていた。
いつも穏やかで、微笑みを絶やさないユキノの、
初めて見る表情。

リヴァイの指が、わずかに動いた。

(……母さん、か)

地下街で失った自分の母親の顔が、一瞬脳裏をよぎる。
あの頃、こんな穏やかな時間なんて、一度もなかった。

ユキノは馬の耳元に顔を寄せ、何か囁いている。
馬が静かに首を振って応える。

その瞬間、リヴァイの胸の奥で、何かが小さく揺れた。

苛立ちではない。
嫉妬でもない。

ただ――少し、羨ましいと思った。

壁の中で、母と馬と、
穏やかな時間を過ごせた少女。
それが、今も彼女の強さの一部になっている。

(……クソ)

リヴァイは無言で踵を返した。

エルヴィンの言葉が、頭の中で反響する。

「ユキノから馬術を教われ」

断るつもりだった。

だが――。

馬舎を離れながら、リヴァイは一度だけ振り返った。

ユキノはまだ馬と向き合い、優しく笑っている。
青いイヤリングが、陽光を受けて小さく輝いていた。

(……明日、来るか)

心の中で呟いた言葉は、自分でも驚くほど静かだった。

苛立ちは、まだ残っている。
だが、その奥に、ほんの少しだけ――
違う感情が芽生え始めていた。

地下街の狼は、初めて、壁育ちの少女の温かさに、触れた気がした。

ただ、それを知られるわけにはいかない。

リヴァイは表情を変えぬまま、馬舎を後にした。

――明日も、きっとここに来るだろう。
「教わる」ためではなく、ただ「見に来る」だけだ、と自分に言い訳しながら。

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