第2章 まずは掃除から始めましょう
翌朝。新品のゴム手袋をキュッとつけて、私はエプロンとマスクの完全装備でアゼルの執務室へ足を運んだ。
あの後、アゼルはその場で買い物に行ってくれて、頼んだものを全部買ってきてくれた。業務用の掃除機、雑巾、消臭剤、その他もろもろ。
「……仕事が早い! やればできるじゃない、アゼル!」
私はそう言って、アゼルの背中をバシバシ叩いた。
アゼルは顔を赤らめながら、
「俺の部署のことだし……まあ、必要最低限として……」
と、頬をぽりぽり掻きながら、なぜか恥ずかしそうに答えた。
アゼルのオフィスに再び足を踏み入れる。
昨日よりも部屋の空気が軽い。窓を開けた効果か、少しだけ風が通っている。
「よし、まずは書類の仕分けからね。アゼルさん、この“未処理”って書かれた山、何年分?」
「……たぶん、五年くらい?」
「地獄って、時間止まってるの?」
私は呆れてため息をついた。
セロスはあれから『白の世界』へ戻っていったが、なんとなくまた来そうな気がする。
私は書類に付箋を貼りながら、ジャンル別に分け始めた。
その様子をアゼルは黙って見ていた。
そして何かを思いついたのか、おもむろに傾いていた棚へ向かい、黙々と修理を始めた。
私が黙々と書類整理に勤しんでいると、
「一息つこう。お茶でも入れてくるよ」
と、アゼルが給湯室へ消えていった。
しばらくして、湯呑みを持って戻ってきたアゼルだったが、足元のコードに引っかかり、バランスを崩す。
「わっ!」
手から湯呑みが飛び、熱いお茶が私の足元にこぼれた。
「熱っ!」
『仮死者でも、痛みはあるんだ……』
そんなことを思いながら、私は反射的に後ろへ下がった。
だが、掃除機のコードに足を取られて転び、真ん前に立っていたアゼルの胸元に倒れ込んだ。
ドンッ。
顔が、近い。
赤い瞳が驚で見開かれる。
私は一瞬固まり、アゼルの胸板の硬さと体温に気づいて、慌てて跳ね起きた。
「ご、ごめん! コードが……!」
アゼルは無言で立ち上がり、乱れたネクタイを直す。
その仕草が妙に色っぽくて、私は思わず目を逸らした。
廊下の向こうからセロスの声が響く。