第43章 報恩謝徳(ほうおんしゃとく)
『みどり』になったのを見計らい、キョロキョロと見渡す。車は走ってこないようだ。ホッとして渡った。まあ、拙者はあやかしであるから、車にぶつけられても死ぬことはないだろうが、痛いものは痛い。あのような鉄の塊が矢のようなスピードで走っているのだ、人ならばあっという間に轢き潰されてしまう。
さて・・・近くまでは来た。
この絵をとりあえず渡してみようか・・・。声を・・・かけたら振り向いてくれるだろうか。
名を・・・と思った時、環から母の名を聞いていなかったことを思い出した。しかし、ここで踵を返すわけにもいかないと思い直し、思い切って声をかけた。
「環殿の・・・母君とお見受けする」
ごくり、と喉が鳴る。
環の母がふらりと、こっちを見た。その目はやはりどんより濁っている。
「なに?あなた・・・。環の友達だった・・・かしら?」
意外とあっさりと話ができたので若干拍子抜けした。これならば・・・。
「いや、環殿に頼まれて・・・母君にこれを『くりすます・ぷれぜんと』として渡してほしいと・・・」
持ってきた紙を開いて見せた。
「これ・・・環・・・」
環の母の目が震える。その震えはたちまち全身に伝わり、わなわなと体全体が震えだした。
「これ・・・いつ・・・?」
「今朝方仕上がったところじゃ。環と拙者とで作ったのじゃ」
正確には、環の指示の元、拙者が作った・・・のだが、まあいいだろう。
「今朝方・・・」
そう言うと、「ははっ」と息を吐くように環の母が笑い出した。最初は小さく、次第にその笑いは大きく、大きくなっていって・・・最後にはボロボロと涙を流し始めた。
「嘘・・・嘘を・・・嘘をつくなああ!!!」
環の母が拙者に掴みかかってくる。あまりにも唐突なことに身体を翻す暇もなかった。その隙をつかれ、喉笛を両手で握りつぶさんばかりに掴まれる。
「環・・・環は・・・」
万力のような力でぐいぐいと締め上げてくる。
何を・・・するんだ!
術を発動しようともしたが、息ができず、朦朧としてそれも叶わない。このままでは本当に絞め殺されてしまう・・・。
目を血走らせ、涙を流し、歯を食いしばった環の母の姿は、まるで鬼女さながらだった。そんな女の腕をほどこうと、環が後ろから引っ張っている。
環・・・いつの間にこちらに渡ってきたのだ?
『止めて!止めて!ママ!止めて!!』
