第37章 愛別離苦(あいべつりく)
右手に引きずっている宝生前を無造作に投げ捨てると、地獄の獄官もかくやというような怨嗟に満ちた声で圭介が吠える。圭介はその心のままに、姿も何もかも鬼と成り果てたかのようだった。
「がああああああああ!!」
圭介の声に呼応するかのように、ホシガリ様が天を仰いで咆哮する。ダリと同じ退魔の槍を振りかざし、ダリに迫っていく。
万策尽きた・・・。
真名を知る手立てが全て失われた。
宝生前は倒れ、圭介も鬼の力を手に入れて迫ってくる。
ダリの力も尽き始めており、私に関しては彼らと戦うすべを全く持っていない。
草介さんにしてもそうだ。両の手は先ほど圭介を攻撃した際に血まみれになっているし、そもそも草介さん自身に戦闘力がない。
万事窮すとはこのことだ。
私の方に鬼と化した圭介が迫る。その巨大な黒い手が私に掴みかかろうとしていた。
何か・・・何かないか・・・。
記憶を遡る。彼女と過ごした1000年の記憶の中に彼女の名前のヒントはないのか?
父は、母はなにか言っていなかったか?
海子は、清延は、浮内の主は?
左近次は?歴代の婿は?
ダメだ、思い出せない。やっぱり、真名を奪われた時点で、彼女の記憶から真名に関するすべての情報が消されているのだろう。
誰も彼女の名を呼ばなかった。皆、ホシガリ様としか言わなかった。
私が過去に思いを馳せていた刹那、とうとうホシガリ様の槍が、ダリのそれを弾き飛ばす。ダリが大きく後退し、距離を取るが、ホシガリ様もその強大な膂力でもって、地面をひと蹴りすると一気にダリを刺し貫こうと、槍を突き出し、突っ込んでくる。
「ダリ!!!」
私が叫んだとき、草介さんがホシガリ様に体当たりするかのようにぶつかっていった。その腹に、退魔の槍が突き刺さる。
「おやめ・・・ください・・・」
草介さんがホシガリ様に抱きつくようにして、声をあげる。
「左近次です・・・。覚えておりますか?・・・お鎮まりください・・・もう・・・あなたに、人を傷つけさせたくは・・・ないのです」
草介さんは左近次の名を出した。
それは、ほんの思いつきである苦し紛れの言葉だったのかもしれない。
しかし、その思いつきに過ぎない言葉は、一瞬の間だけ、ホシガリ様にかかった呪を緩めたのだ。ホシガリ様の瞳に、人間らしい理性の光が戻り、その意識が草介さんに向いた。
