第35章 窮鳥入懐(きゅうちょうにゅうかい)
『私』は覚えている。
手から血を流しながら土を掘り返し、『婿』の遺体を抱きしめて、口づけをし涙を流して埋葬したことを。何人も、何人も・・・。気が狂うほどの月日の中で、自分を繋ぎ止めてくれた、優しさを愛おしむように・・・。
「圭介さん、もう、彼女を解放してください。お願いです。あなたが知っている、彼女の名前を、教えてください」
圭介はうつむいていた。肩が少し震えている。
さすがに、この光景を見て、驚かない人はいない、感じるものがない人なんていない、そう思った。
しかし、甘かった。
肩が震えていたのは、泣いていたり、情緒的になっていたせいではなかった。
彼は、笑っていた。
くっくっく・・・くっくっく・・・
最初は小さく、そして、ついには、哄笑に至る。
「言う訳ねえだろ!あんな妖怪がどうなろうと知ったことか!あいつは・・・あいつはバケモンだよ!」
頭に血が上る、という経験を私は生まれて初めてした。
バシン!
気がついたら、圭介の頬を平手で叩いていた。
「お前・・・!」
体が震える。悔しくて涙も出ない。歯を食いしばり、唇から血が滲みそうになる。
殺して・・・殺してやる!!!
激情に身を任せ、圭介に掴みかかる。その喉を締め上げた。
「ぐえええ・・・いや・・・めろお」
「綾音さん!」
宝生前と草介さんが慌てて止めに入った。どうやら私はものすごい力で圭介の喉を締め上げていたらしく、彼らもまた力を入れて指を外す必要があったようだ。
私の手が外れ、肩で息をしながら座り込んだ頃には、圭介の喉にはくっきりと私の手の跡が残っていたくらいだった。
「綾音さん・・・こいつのことは私に任せてください。・・・ちょっと好みだと思ったけど、間違いでしたね。・・・時間もないですし、別の方法で吐かせるとしましょう」
私と同じく、肩で息をしている圭介は何かをブツブツ言っている。
ん?なんだ?気でも触れたか?
宝生前が目を見開く。
「いけない!綾音さん!伏せ・・・」
言葉を最後まで紡ぐことが出来なかった。突然、私達がいる部屋の側面の壁がぶち抜かれ、ホシガリ様が飛び出してきたからだ。
「綾音!」
ダリも彼女を追いかけて入ってくる。
そうか、あのブツブツ言っていたのは、ホシガリ様を呼んでいたのか。