第20章 往事茫茫(おうじぼうぼう)
気持ちいいんだ、きっと、あそこに堕ちれば、あそこに行けば、私は何の不安もない、何の恐怖もない、ただただ、安心だけがある。
行きたい・・・行きたい・・・もう怖いのは嫌、寂しいのも嫌、つらいのも嫌・・・
手を伸ばそうとした瞬間、ピリッと右足が痛んだ。
そして、そのかすかな痛みとともに、声が聞こえた。
「・・・ま!」
誰?誰かが・・・呼んでる?
後ろを振り向くが、誰もいない。ただただ混沌のような闇が広がる。
「ま・・・ま!」
この声?
「まま!!」
声?清香ちゃん!?
そうだ、清香ちゃん・・・清香ちゃんの声。
ダリが、助けてくれた、可愛い女の子。まるで私とダリの娘のような。
「綾音殿!」
芝三郎・・・なんであんたの声が?
そうだ、あんたを淡路に連れてかなきゃいけない。そもそもダリと結託して私を騙してからに・・・。でも、ダリが言っていた。
『守られたのは1000年ぶり』
って。
ああ・・・そうか・・・ちゃんと、ダリを見てなかった。自分のことしか考えてなかった。ダリはいつも私を守ろうとしてくれた。代替物・・・そうかも知れない、1000年前の碧音さんという人と似てたからかもしれない。
でも、いいの・・・。
ダリは私のところに来てくれた。
私はダリが好き。
だったら・・・それで・・・
「ダリー!!!」
私は大声で呼んだ。天狐・・・最強の妖怪、私に会いに来てくれた、私の大切な人の名を。
光が私の足に結び付けられた糸から広がり、私の全身を包む。
その光が黒い女たちの影を打ち払った。
「があああ!」
最初に現れた黒い女性だけが最後までしぶとく残る。この声、この顔・・・
あなた!
「河西佳苗さん!」
「あんた!おかしいよ!恨めよ!憎めよ!・・・なんで許せるんだよ!自分以外の女抱いている男を!嘘ついた男を!なんでだよぉぉぉぉ!!!」
光は更に輝度を増し、河西は顔を両腕で覆い、もがき苦しむ。そのまま悲鳴とともに他の影と同じくかき消えた。
光が消える。同時に、私の身体を途轍もない虚脱感が襲った。立っていられず、思わず両手両膝をついてしまう。
息が荒く、汗が体中から吹き出した。