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天狐あやかし秘譚

第117章 大信不約(たいしんふやく)


ふんふんと『それ』が獣の鼻を鳴らす。

少なくともこの風に混じる匂い・・・この匂いは乙女のそれだ。

フシュウウウ・・・・

口から獣臭い息を吐いて、それはにやりと笑った。

また、フンフンと鼻を鳴らす。
風の中に幾重にも折り重なる人々の匂いの中・・・はっきりと嗅ぎ分ける。
するりとした匂いの筋が宙空に『視える』気がした。

あゝ・・・あったよ・・・

間違いない、あの娘の匂いだ・・・
獲物を見つけた『それ』は、早速、建物の屋上から地面に降り立とうと眼下を望む。

だが、そこに無数に蠢く人の子を見て、『それ』は躊躇した。

人に見られる、わけにはいかない・・・

だとすればどうする?
どうしたらいい?

闇に紛れるのがよい

それが結論だった。

人の子が渋谷と呼ぶ街は、決して『それ』が過ごしやすいところではない。だからこそだ。早めに獲物を平らげて、また山に帰ろう。

そう考えた『それ』は・・・『モノ』と呼ばれた闇の獣は、一眠りするために目を閉じる。
夜、人達が寝静まり、獲物が独りきりになるのを待つために・・・。
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