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天狐あやかし秘譚

第117章 大信不約(たいしんふやく)


☆☆☆
フシュウウウ・・・・

『それ』は空気の匂いを嗅いでいた。
約束された獲物の匂いだった。『それ』は思っていた。

自分は、十分に待った、と。

目を細めて思い出す。あれからオレはちゃんと10年、待った。
母の願いを聞いてやった。それ以上に、獲物が熟すのを待っていた。

10年前、縄張りにしていた山に迷い込んできた母娘を襲った。
その母娘の匂い・・・決して忘れない・・・。

母は髪の長い、色の白い女だった。
娘はまだ幼く食うところがほとんどなかった。

あゝ・・・あの『母』は美味かったなあ・・・。
あの芳醇な血の香り、やわからな肉の歯ざわり、むしゃぶりついた時の断末魔の悲鳴。

命乞いをしてたっけなあ・・・必死で、必死でなあ・・・
『この娘だけは・・・涼華だけは・・・助けて!』
と。

5歳に満たない娘を庇って、自らをオレに差し出した母親。
10年待ってやると言ったら、それでもいいからと・・・泣いて、泣いて・・・

粘っこいよだれが、『それ』の口からだらりと垂れた。ビル風に吹かれてそれは飛び散っていく。

オレの『印』はどんなに洗ってもこすっても消えやしない。
10年経とうが消えやしない。

山からでも、お前の居場所をオレに教える。
この街にいるな?今、いるな・・・?

あゝ・・・そうだ、そうだよ・・・あの母の娘だ。
美味に違いない。
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