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弥栄

第9章 霜刃



大枯と霜の三人は、村人の催す祝いへ顔を出しに寄り合い所を出て行った。この祝いは大事なものらしく、一種の神事のような意味合いがあるという。

寄り合い所には祝いに参加する意味を持たない鬼鮫と、回復に務めたい小枯だけが残った。

「経巡では狩りを山神に山の獣の魂を還すものとして捉えてる。狩りの成功を祝うのも狩りへ出向く狩人を送り出すのも神事の内なんだ」

竈で湯を沸かしながら小枯が話す。

「たから狩人は顔を出さない訳にいかない」

湯から立ち上る湯気が寄り合い所の空気を温める。小枯はまた眠くなってきたのか、欠伸をして上がり框に腰掛けた。

鬼鮫はそのか細い背中を眺めて溜め息を噛み殺した。

「あなた、巫女もやっていたんですね」

「そんな大げさなもんじゃないよ。子供の頃、祭事で舞を舞っただけなんだから」

竈の湯を盥にあけ、小枯が髪を解いた。黒い髪が ひらと広がって温かい寄り合い所の空気に血と針葉樹の匂いがふわりと漂った。
炉端に座った鬼鮫は黙ってそれを見守る。

「あの時は散々だったよ。まだ時雨を使い慣れてなかったから、舞に使った時雨に削られてひどい目にあった。思えばあれが時雨に削られた最初だったなあ…」

感慨深げに言いながら小枯は盥の湯で髪を洗い清め始めた。

「南天も一緒に催事に携わった。南天はそのまま巫女になったけど、私はこの通り」

洗い流した猪の血で濁った盥の湯を見る小枯の表情が読めない。嫌悪か誇りか、悔悟か矜持か。

鬼鮫は立ち上がって小枯の側へ寄った。小枯を後ろから囲うように座り、あらかじめ支度してあった藍染の手拭いで小枯の濡れた髪を拭き始める。

「…何してるんだ?」

不思議そうに振り向いた小枯の顔を見下ろし、ふっと笑う。

「いいから前を見てなさい」

「自分で拭けるのに」

「知ってますよ」

柘植の櫛を手にとり、小枯の濡れた長い髪を梳りながら鬼鮫は穏やかに答えた。

「私がやりたいからやってるんです。黙ってやらせなさい」

小枯はしげしげと鬼鮫を見上げ、それから黙って前を向いた。

手拭いや櫛と一緒に並べられていた小さな硝子瓶を手にとる。開けると松葉と杉が一気に立ち上った。
小枯の匂いだ。

鬼鮫は一時瞠目し、掌に瓶の中身を垂らした。

「これは?」

「椿油に松葉と杉の葉を浸けた香油」

「もしかして自分で作ってるんですか」
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