第8章 置き土産
雨露がいかにも気が進まなそうに顔を顰める。
「第一それには初枯を探さにゃならん。肝心の初枯と渡りがつかなけりゃ南天だけ準備してもどうもならんからな」
「南天に初枯との渡りの付け方を聞き出さねばな」
小枯が呟いた。
確かにそれが一番の早道だ。ただし、南天とかいう女が口を割ればの話だが。
「…何故この人でなければ南天さんとやらに会えないのです?」
ふと引っかかったことを口にした鬼鮫を霜刃が如何にも興味なさげに見遣り、羽織の裾を払った。
「社は基本男子禁制だ。更に本巫女の籠る社に入るには条件がある。山神に関わる勤めをし、山神に身を奉じた者というのがそれだ。小枯は童の時分、社で巫女として山神に時雨を以て舞を奉じた。今も獣の魂を山神に還して神に仕えている。そして純潔である」
鬼鮫は妙な顔をして小枯を見下ろした。
小枯が何だよと気を悪くしたように見返す。
「…はあ。そういうことですか…」
「経巡の巫女は南天みたいな本巫女でもなけりゃ嫁いで子を持つことが出来る。現にうちの嫁さんも巫女だからな」
雨露が咳払いしながら、補足した。
この男、家族が泣き所か。
「本巫女の社に出入り出来るもんは数少ない。小枯がそのうちのひとりだってのは幸いよ。でなけりゃ話がもっとややこしくなっていたわ」
「この人も巫女なんですか?」
鬼鮫が小枯を指差して問うのに、霜刃がふんと鼻を鳴らして首を振った。
「こいつは狩りを始めて巫女を辞している。だが狩りをする者は経巡では神職の内に数えられる」
自分を指差す鬼鮫の指をはたいて退け、小枯がむっつり白湯を啜った。あまり気の乗る話題ではないらしい。
当たり前だ。あまり人前であけすけに話されたくはないだろう。経験のあるなしなど。
だが鬼鮫は何かしら気が晴れたような心持ちになった。名乗り合う直前、小枯の言った"後でな"に鬼鮫が邪推したような意味が含まれていないことがわかったからだ。
ふくれながら黙々と汁を食べ出した小枯を眺め、鬼鮫は口を引き結んだ。
早く小枯を連れてこの里を出よう。その為なら何でもしてやる。
「和良の里長から番の鹿を奪う手立ては考えてあるのですか?」
「そら俺と雨露の役目よ」
霜降がひょいと手を上げた。
「鹿の扱いなら任せとけよ」