第8章 置き土産
あっけらかんと言った小枯に霜降が汁を噴き、鬼鮫も噴きそうになったが持ちこたえて小枯を睨んだ。
睨んだものの、何だ?と見返す小枯に言葉が出ない。黙って椀を置き、白湯を飲む。
向かいで霜刃が目を細めて鬼鮫を見ていた。見返して鬼鮫も目を細める。霜刃は居住まいを正して薄い口辺をすっと上げた。笑っている。
ふ。そうか。笑うか。いいだろう。面白い。
「駆け落ちか。そりゃ驚くだろう。しかし本当のことも話せないからな」
大枯が握り飯を手に取って、少しばかり後ろめたそうにほろ苦く笑った。鬼鮫と霜刃の様子にはまるで気を遣っていない。それどころではないのだろう。
「暫くはその話で里は持ちきりになる。お前の家族もちっとばかり肩身の狭い思いをするかも知れん」
狩りの時期に凍みが駆け落ちなどしたらそら騒ぎになるわと汁を啜りながら笑った霜降をまた雨露がはたいた。
「そこを抑えるのがわしらの務めだ。この冬の山の獲物を当てに出来んとなったら里に不満が噴き上がる」
「取り急ぎ次の霜を選ばねばな。目星はついているのか、雨露」
大枯に聞かれて雨露は呆れ顔をする。
「目星くらいつけてなくてどうしてわしらを凍みにしろなどと言い出すものかよ」
「ではこの冬は俺はお前らと動こう。…春には片が付くといいが」
「一度揉めちまったら綺麗な片なんざ付かんよ。上手くいこうがいくまいが和良は経巡を恨み続けるだろうな」
雨露の言葉に小枯がふっと笑った。
「和良に恨まれるような企てか」
「違うぞ。和良に恨まれる企てではなく、経巡を和良に頼らないでいい里にする企てだ」
大枯が咳き込むように言うのを掌を向けて止め、小枯は指先で唇をなぞる様に撫でた。
「こっちから和良との取引を切る算段をしている訳か。ふぅん…」
鬼鮫は黙って小枯を見る。何を思って、何を言おうとしているのか。
「切るのは簡単だがな。どうせあっちは困るのは経巡と高を括るだろうし、実際そうだ。和良なしでやっていける保証はあるのか?」
「わからんよ。やってみなきゃ話にならん」
憮然と言う雨露に小枯は首を振った。
「話にならなくても話にしなきゃならないんだよ。始めてしまったことには始末をつけねば」