第8章 置き土産
目尻に皴して小枯がまた笑う。鬼鮫を肘で突いて鬼鮫の横に伏せられた汁椀が欲しいと指し示す。眉を上げた鬼鮫がひとつとって渡そうとすると首を振るので、盆ごと渡すと小枯は湯呑の脇に置かれた大鍋から、全員分の汁を次ぎ分け始めた。獣の脂と味噌の匂い。猪の汁らしい。
「皆まだ疲れて腹が減ってる筈だ。食って寝て、それから謀しろ。大事なことなら尚更自分を整えてから考えろ。整えられるその余裕があるうちに筋立てをしっかり作っておかなければ、後で何もかもぐずぐずになるぞ」
自在鉤から鉄瓶を下ろし、替わりに大鍋をかけると小枯は自分の椀に口をつけた。
「食べないなら私が全部食ってしまうが構わないか?」
「お前が言うと洒落にならないんだよな」
霜降が汁を吹きながら顔を顰めた。
「差し入れ助かったよ、霜降。あんたのうちに私の身体はずっと助けられて来た。本当にありがとう」
小枯に言われて霜降はますます顔を顰める。
「寄せよ。永の別れみてえじゃねえか」
「家の人にも礼を伝えておいてくれ。今回も助けられたと」
「別に礼なんざわざわざ言わねえでもお前が感謝してくれてんのはうちの連中だってわかってら。どうでも礼が言いたいなら自分で言いな」
「それは後でな。当分その暇はない。そうだろう?雨露」
小枯が雨露を見る。椀を手にも取らず、落ち着かなげに坊主頭を撫でていた雨露は名前を呼ばれて仕方なさそうに小枯を見た。
「…お前ら時雨の者が参の牟礼に生まれつかなくて良かったよ」
「はは。参の牟礼はよく言えば分限、悪く言えば欲深だからな。ものを多く持つというのは業が深いことだ」
「簡単に里を出れなかったろうよ、お前も」
「弐の牟礼は穏やかだからな」
言って霜刃を見た小枯に視線を返し、霜刃は目を細めた。
「参の牟礼が権勢を振るう限り、壱の牟礼の牟礼がどうあろうとさしたる意味がない。壱と弐は参に従属している」
「だからますます話は早い方がいいんだ」
大枯が二杯目を椀によそいながら大枯が口を挟んだ。
「参の牟礼がこっちの動きを察してしまえば、里を巻き込んで話が大きくなる。和良にも何かしら話が伝わる。ーわかるか、小枯。お前は、飽くまでただ里を出るんだ。深い事情はない。わかるな?」
「そうか。なら家族には駆け落ちしたとでも伝えてくれ」