第7章 手筈
小枯の手を握り直して引き寄せる。
身を屈めて小枯の顔を掬い上げるように見る。
「あなたの里は今面倒なことになっている」
言われて小枯が頷く。
括り髪が肩から胸元に垂れた。手ずから倒した獣の血でごわついた、だからこそ美しい髪。
「あなた自身も面倒なことになっている。これはこれで根の深い問題だと私は思います」
また小枯が頷く。躊躇いがちながら、でも頷いた。
松の葉が、杉の葉が幽かに匂う。
「だから私はあなたを里から出したい」
「鬼鮫」
初めて名を呼ばれた。
肺が、胸が、腹が縮まって、息が詰まる。
「鬼鮫?」
二度。
鬼鮫を息を吐いて小枯の手を強く握りしめた。
「あなたがどうしたいかを教えて欲しい」
「私は里を出るよ。あんたが山を下りるならそうしようと思っていた」
小枯は晴れ晴れと言って笑った。
「例えあんたに要らないと言われても、そうしようと思っていたよ」
色が変わる程強く手を握り締める鬼鮫の胸に掌をあて、小枯は俯いてまた笑った。
「あんたに名前を預けられて私は嬉しかったんだ。だから私のことはもう気にしなくていい。私はあんたを縛りたくて名前を預けたんじゃないから。どうか負担に感じないで欲しい。あんたは経巡の人間じゃないんだから名前に縛られることはない」
顔を上げた小枯の目から涙が落ちた。
「私はあんたに会えて嬉しかった。楽しかった。どうしてなのかは聞くな。私も全部は説明出来ない。でも、私はあんたに会えて、本当に嬉しかったんだ。不思議だな?」
鬼鮫は黙って小枯を見守った。小枯の涙を見守った。
これは何の涙だ?誰が流させた涙だ?
切っ掛けは鬼鮫かも知れない。けれどこの涙は長く深く沈み込んだところから湧く涙だ。ただ鬼鮫の為に流している涙ではない。
そう思うと身が引き攣れるような気がした。
「私は多分、初枯を探しに行かなければいけない」
顔から笑みを消して小枯は鬼鮫から目を逸らした。
「そうなるだろう」
鬼鮫は黙って小枯の手を握る手に更に力を入れた。
小枯は僅かに眉根を寄せて鬼鮫を見た。
「こういう形で里を出たくはなかった。だけど仕方ない。仕方ないし、これでいい。どの道私は自分で決めて里を出るのだから」
小枯は涙を拭って、一時黙った。