第7章 手筈
思いがけない自分の所作に鬼鮫は手を止めて瞬きをした。瞬きをしてふと小枯を見たらば、目を開いてこちらを見ている。
「…起こしましたか」
「起こされた訳じゃない。起きたんだ」
応える目が優しい。今まで見たことのない優しさを纏っている。玉子の卵黄の、酒に甘く溶けて湯気が立つような目。
背骨がぎりぎり軋んで腕が粟立つ。
「うん。良く寝た…気がする」
起き上がって伸びをした小枯が、部屋に差し込む陽を見て目を細める。
「陽が傾いてる。半刻は寝たかな」
鬼鮫がここを出て戻るまで一刻。半刻の間霜刃と話していたか。
また伸びして欠伸をする猫のような小枯。傾いた陽差しに照らされた薄く頼りない輪郭が淡く光って浮かび上がるように見える。
猪の血を浴びて頭を掻く女から目が離せない自分に鬼鮫は呆れて、呆れながら笑った。
「いつ戻ったんだ?随分思いつめた顔をしてるが」
鬼鮫の膝にぽんと手をのせ、小枯は眉を顰めた。
「あんたがこの里のことで思い煩うことはないんだぞ?」
「この里のことで思い煩う筋合いは私にはありませんよ」
「そうか。ならいいんだ。要らないことに巻き込まれなくていい。あんたは」
膝の上にのった小枯の手を鬼鮫の大きな手が掴む。
「要らないかどうかは私が決めることです。むしろあなたが余計な心配をする必要はない」
鬼鮫の手の、指を開いたり閉じたり、掌を撫でたり甲に浮かぶ骨を指先で辿ったり、物珍し気にあちこち弄りながら小枯は頷いた。
「そうか。わかった。それにしてもあんたの手は大きいな」
「…今関係ありますかね、それ」
弄られる手がむず痒いが不快ではない。小枯が何心なく弄っているのがわかるから反応に困る。困るが腹立ちも苛立ちもない。だが焦れる。
こちらからも触れたくなる。
「関係…はないけどな。面白いなあと思って」
小枯は鬼鮫の手を持ち上げてしげしげと眺めながら、おかしそうに笑った。
「まともに見ると男の手は不思議なものだ。何だか初めて見るもののような気がする」
おかしがるその顔が愛おしかった。
そう思う自分に鬼鮫は驚いた。
抱き潰したい。奪いたい。そしてただただ愛おしい。
馬鹿な。
何か理屈をつけようとして止める。
小枯がまた鬼鮫を見て笑ったから。
猫柳の、温かい目で。
鬼鮫の腹が決まった。
小枯を連れて、里を出る。