第3章 小枯
礼を言おうと傍らを見上げ、小枯は自分を掴まえたのが大枯でないことに気付いた。大枯はきょとんと間抜け面でこっちを見ている。では私の腕を掴むこの手は誰のものだ?
恐る恐る何者かに掴まれたままの腕を見下ろすと、黒い爪と青みがかった肌が目に入った。
「ぅわ」
不安定な格好のまま支えられていた小枯が、掴まれた腕を振り払おうとしてまたバランスを崩す。
そこで青い手がパッと離れた。
何で今放すんだよ!この根性悪が!
体が後ろ向きに倒れる。
小枯は怠くて力が入らない。
頭からまともに行きそうだ。
「あなた本当に猟師なんですか」
呆れた声が頭上から聞こえる。
体ごと受け止められている感触が声を聞き取った後から来て、小枯は動転した。
「…ごめ…や…、あ、すいません…」
雑に謝る 小柄を抱え込んだまま、鬼鮫が大枯に呆れ顔を向けた。
「こんなの連れて行ってそれこそ大丈夫なんですかね?役に立つんですか、この人」
「役に立たない者は狩りに連れて行きません。死ぬだけですから」
大枯は、これも呆れ顔で小枯を見下ろした。
「今回は霜鎌も呼ぶか?そこまで削れてるんじゃ狩りは無理だろ。少し休め」
「いや、行こう。私たちが狩りを止めたら初枯は居場所を失くして戻って来辛くなる」
小枯が思いの外静かに言った。
「初枯は必ず戻る。山を下りることがあったってこんな形じゃ駄目だ」
小枯は鬼鮫が訪ねて来た理由をまだ知らない。
大枯が露骨にしまったという顔をした。鬼鮫が貼り付いていたせいで、小枯に状況を説明する間がなかったのだ。
鬼鮫は身内がぞわぞわと沸き立つのを感じた。
悪くない。面白くなって来た。
「兎に角」
呆れ顔を作り直して大枯が続ける。
鬼鮫はますます嬉しくなる。取り繕おうとしている様が良い。網に足を一本取られた蜻蛉か網底に撒かれた餌を覗き込む魚。
「まず客人から離れろ、小枯。いつまでそうしてる気だ?」
言われて小枯は改めて鬼鮫を見上げた。 抱えられたまま。
「ああ、すいませんね。不調法しました」
見上げられた鬼鮫は、朽葉色の生地の手触りがやけに滑らかなことに初めて気が付いた。着こなされているせいか。
「五ン合の大猪は春からずっとあそこらを荒らしてきてる。
罠方じゃ捌ききれなかったってことだ。どの道行くしかない。霜の連中は大物を狩り慣れていないし」
