第7章 手筈
参の牟礼の社へ入るには制約がある。巫女が籠った社は男子禁制故神職の端くれである霜刃も踏み込めない。
だが、小枯は入れる。小枯はそれを許された数少ない大人の女だ。
「わかった。ただ約せ」
「何だ。この上何をさせようと言うんだ?」
横たわりかけて大儀そうに動きを止めた小枯に、霜刃はひたを座った目を据えた。
「多分間もなくあの余所者がここに来る」
「ああ。…呼び出したのはお前らか。まあお前ら以外いないか。他に用がある者などこの里にいる筈もない」
懐に手を突っ込んで胸元を掻きながら小枯が欠伸する。
「あれと何も約すな」
「は?」
「俺以外と約すな」
「馬鹿馬鹿しい。私が誰と何を結ぼうとお前に関係ない。本当に外に行って、何なら裏の井戸に飛び込んで頭を冷やして来い霜刃」
「あれは何だ?」
霜刃に聞かれた小枯は、ちょっと眉尻を下げて斜め上を見、思案した。
「…あれは…あれは何かって…お前の質問がちょっと明後日過ぎて答えに困るな。どういう意味の何だなんだ?」
「お前が言い迷うような何かがあるのか」
「言い迷いは聞き流せ。人の気持ちにまで干渉するな。無粋な奴だな」
「おお、そうか。それはありが…」
「いや、いい。わかった。あの人は私が名前を預けた人だ。だから私とあの人の間に起こることにお前は一切干渉してはいけない。わかるな?」
口早に言って腕を組み姿勢を糺した次の瞬間、小枯はそのまま後ろに倒れた。
疲労に情報過多で意識が途切れたのだ。
ごん、と前にも聞いたような鈍い音を立てて小枯は蹲った。
深い寝息を立てている。
それを腕組みしたまま見届けた霜刃は、やおら立ち上がって小枯の後頭部に触った。瘤になるかも知れない。全く目放しならない奴だ。
上に羽織っていたぞろりと長い羽織を小枯に掛ける。斬るように青く滑らかなそれは弐の牟礼の神職の弐の位が代々羽織ってきたもの。
「…馬鹿な奴め…」
呟いて土間へ降りる。
「お前が誰に名前を預けようと、それと俺は関係ない」
今一度小枯を顧みて、その小さな背中が青い羽織に包まれて寝息を立てているのを確認して目を細める。
「また来る」
言い置いてすっと引き戸を閉める。
後には青い羽織の下で深く眠る小枯の寝息の聞こえるばかり。