第7章 手筈
大枯に呼ばれて鬼鮫は寄合所を出た。
小枯は霜降の持ってきた肝と握り飯を何とか食べきり、白湯をすすってまた寝ている。
大枯が出向けばいいものを、何故か村人を遣いに鬼鮫を呼び出すのだから何か含みがありそうだ。
正直呼び出されるような謂れはない。だがもし初枯の話であるならば聞いて損もない。
小枯を縛ってから出ようかとも思ったが流石に思いとどまり、連れて行こうかと思って止める。
わざわざ呼び出すということは小枯には聞かせたくない話ということだろう。
今のところ小枯は静かに寝ている。また動き出すのだろうが、今は静か。
鬼鮫は寄合所を出て、大枯のいる村長の家へ向かった。
鬼鮫の出て行った気配を感じ、小枯は薄っすらと目を開けた。
体が怠くてどういう格好をしても楽にならない。今食べた分が体を廻れば少しは楽になるだろう。時間薬だ。丸まってやり過ごすしかない。
名前を告げてしまった。
知り合って間もない相手に。
後悔はなかった。
そうしていいと、そうしたいと思った自分を小枯は信じている。
鬼鮫のことも。
信じている。
名前を預けた相手を信じない訳にいかない。信じると決めた相手を信じない訳もない。
といって鬼鮫は山の外の人間だ。この先どう関わるか、いや、関われるかどうかすら定かでない。
山を下りてそれきりということもある。
それは鬼鮫の自由だ。本人の意志で何をしようと是非はない。
小枯がもし、鬼鮫を追って行こうと思えばそれを誰にも止められないのと同じように。
鬼鮫の手の感触を思い出す。
あの男は"誰か"に触れていたのではなく、"小枯"に触れていた。
小枯の愚にもつかない独語を聞いていたときの、皮肉気な、でも"聞いている"顔を思い出す。
ここでもまた、あの男は"誰か"の話を聞いていたのではなく、"小枯"の話を聞いていた。
胸の奥がじんわり温まって、小枯は吐息を吐いた。
鬼鮫は"時雨"を見ない。"小枯"を見る。
時雨を特別なものと見ず、小枯を小枯として扱った。
小枯が熊を狩ろうが猪を狩ろうが、倒れようが疲れようが怯まない。小枯に真っ直ぐ向き合う。
不機嫌な小枯にも、笑う小枯にも、鬼鮫はぶれずにただ小枯を小枯として扱う。
何故そうしてくるのかはわからない。
だがそんな鬼鮫に求められたのは正直に嬉しかった。