第6章 名乗り
どうしてそういう可能性を考えなかった?小枯は大人の女だ。経験があるかも知れないのは当たり前のことだ。確かに変わったところがあるし、感受性に問題を感じるが小枯自身言っていたではないか。
”自分が意識しない限り”異性ではないと。
あれは誰かを”意識した”ことがあるからこそ出た発言ではないのか。
整理した途端、とんでもなく腹が立ってきた。
この小枯が誰かを異性として意識したことがある?
あっていいことではない。
投げ出された手首を掴み上げる。
小枯が力なく半身を起こした。
「痛い。止めてくれ」
括り髪を垂らして掠れ声で言う小枯に、鬼鮫は目が眩むような怒りと昂りを覚えた。
「後も今も変わりありませんよ」
「何を…」
言い返しかけた小枯の手首を引いてその身体を引き寄せる。抵抗なく胸にぶつかってきた小枯の感触に一瞬息が止まった。思い切り抱き締めたら小枯が小さく呻いた。
頭に血が上る。
弱った相手に何をしているのか。何故今、小枯が削れている今、こんなことを。
首筋に顔を埋めると松の葉が、杉の葉が匂う。細い首が脈を打って震えている。
「…私はあんたを何と呼べばいい?」
不意に小枯が言った。
体を強く拘束している鬼鮫の腕に手をのせ、優しく撫でて、また言う。
「名前を聞いていいか?あんたを何と呼べばいいか、教えてくれ」
腕の上を何度も往復する優しい手が、肩にのる。
「もしあんたが教えてもいいと思うなら」
力ないが穏やかな声。
「あんたの名前が知りたいんだ」
肩にのった手をとって握りしめる。
小枯の首に埋めた顔を上げれれない。小彼の顔を見ることが出来ない。
今自分はどんな顔をしている?
黙り込む鬼鮫の背中に、小枯が片腕を回した。
「嫌ならいいんだ。無理強いはしない」
声と同じ穏やかさで、背中がゆっくり撫でられる。
「私があんたを呼んでみたかっただけだから」
喉が詰まった。
胸の内から込み上げる何か。