第6章 名乗り
「…わざわざ痛い目に遭わないでももう十分しんどいんでしょう?気を付けなさい。…大丈夫ですか?痛かったでしょう」
抱き起こした鬼鮫に小枯が目を開いて顔を向けた。
「痛い。でもそれより怠くて辛い」
そう言って鬼鮫から離れ、体を丸める。
鬼鮫は一時小枯を黙って見下した。
丸まって眠るのは貧血や脱水の怠さを緩和しようとしてとる本能的な恰好。
小枯は動物じみているのではない。
ただ人間も動物なだけだ。
危機に際して、回復に対しての対応は本質的に動物も人間も大差ない。
丸まって右にうつ伏せた体から、僅かに小さな手が覗く。鬼鮫は手を伸ばしてそれを握った。
「起きなさい。寝るのは食べてからですよ」
「…わかってる。でもちょっと待ってくれ」
これは多分、大枯にするような返し。
無闇に撥ねつけず、相手の心配を考慮して柔らかく拒否している。今までなら髪に障ろうとしたときのような切って捨てるような反応が返ってきただろう。
「待ちませんよ。起きなさい」
「起きるのがしんどいんだ。もうちょっと休んだら大丈夫だから」
譫言じみた小さな声で言って、小枯が寝返りをうった。
薄い背中に筋肉が張っているのがわかる。触れると背骨が手に触った。
撫で上げると小枯の体がひくっと反応した。
「…やめろよ。くすぐったい」
鬼鮫は黙って手を離した。離すしかなかった。
小枯の反応にどうしていいかわからなくなってしまったから。
自分がわからなすぎて、面倒になってきた。
いっそ小枯を抱けば何もかもはっきりするかも知れない。
離した手をもう一度伸ばしかけたとき、不意に小枯が振り向いた。
真黒い隈の上、切れ長の目が疲れた笑い皴を刻む。
「今は疲れてるからな。そういうのは後で頼む」
…どういうのを後で頼むって?
いや待ってくれ。そういうのの意味によっては、小枯はそういうことを知っているということで、それが経験としての知っているなのか、知識としての知っているなのか、まあ年齢を考えれば経験として知っている方が自然ではあるのだが、それにしてもちょっと待ってくれ。
…どういうそういうのなんだ?
あちこちに思考が飛んでおかしな具合に気が昂ってきた。鬼鮫は額に手をあて、落ち着こうと顔を俯ける。