第6章 名乗り
呟いて小枯はにっこり笑った。鬼鮫を見て、にっこり笑った。
「うん。いいな。楽しそうだ」
初めて小枯の独語の中に潜り込めたという手応えに、鬼鮫の背骨が震えた。
「私が側にいても?」
「楽しいよ。何でそんなこと聞くんだ?あんたは私といたら楽しくないのか?」
「私は楽しいという感情が多分他人とずれているので」
囲炉裏にかかった鉄瓶から湯飲みに白湯を注いで小枯に渡しながら、鬼鮫は静かに笑った。
「だからあなたといると楽しいですよ」
「そうか。面白いこと言うな。でも嫌じゃない。嬉しいよ」
笑う小枯は柔らかな猫柳。素直に柔らかい猫柳。
まだ寝惚けているのかも知れない。疲れ切って半覚醒の状態で、まともに頭が動いていないのかも知れない。
それでも良かった。
ただ抱き締めたくて、鬼鮫は小枯を黙って見詰めた。
抱き締めたい。
だが、それをしたらきっと抱き潰してしまう。
だから触れられない。
収まりのつかない自分を、鬼鮫は許した。
この女が自分にとって何なのか、何になるのかはわからない。
だから今この女を死なせる訳にはいかない。
鬼鮫は土間に下り、肝と握り飯を持って小枯の前に差し出した。
「食べなさい」
「後じゃ駄目か」
「いいから食べなさい。口をこじ開けて突っ込んで欲しいんですか?私は構いませんよ、そうしても」
「…止めてくれ。あんた本当にやりそうだ」
小枯は渋々握り飯を手にとった。
「眠い」
食べながら欠伸する。
余程眠いのだろう。
こういうこともあるのかどうか、小枯の今までを知らない鬼鮫は焦れた。判断の基準にしていた大枯も今側にいない。
放っておくと食べかけでうとうとと目を閉じかける。握り飯を取り落とし、カクンと頭を垂れてはハッとしてまた目を閉じる。
見兼ねて鬼鮫が頬を軽く叩けば、いよいよ脱力して体を前に倒す。
囲炉裏に頭から突っ込む格好だ。
すかさず鬼鮫が額を掌で受けて支えると、そのまま体重をかけてくる。
額を押し返して起こしてやると、ふっと後ろに倒れかけた。掴もうとして間に合わず、ごつんと鈍い音をたてて小枯は床に頭をぶつけた。
鬼鮫は天を仰いで瞠目した。