第6章 名乗り
でもどうすればあの掴みどころのない井の中の蛙を海へ引っ張り出してやれるのだろう。
それが私に出来るのか?初枯を捉えることさえ未だ出来ずにいるこの愚かな私に?
振り向くと小枯が土間に上半身を垂らして寝苦しそうにしていた。
「…縛り付けといた方がいいんじゃないですかね、これは…」
呆れて鬼鮫は息を吐いた。
土間の竈の脇に包みを置き、小枯を抱き上げる。
土と血と、ほんのり松葉や杉の葉の青みが匂った。
思い返せば血は兎も角、小枯からは常に土と針葉樹が匂っていた。小枯の気安い体への接触に、その触覚に、嗅覚の感受が追いやられていたものか。
嫌なことに気付いてしまった。
これから土と針葉樹が匂う度、小枯を思うことになる。
小枯が側にいても、いなくても。