第5章 猪狩り
泥にまみれて伏した小枯が迫る大猪の足元に向かって、細い腕を切るように振った。大量の時雨が振り抜いた小枯の軌跡を辿って泥の上に滑るように流れ出る。大猪が足を捕られて倒れた。大枯はその後ろ脚の縄を引き絞めて叫んだ。
「引け!」
霜鎌三人が力任せに一気に縄を引いた。
木にひと巻きした縄が擦れて樹皮を飛ばす。横ざまに倒れていたところへ足を引かれた大猪が、どぅと泥に背をつけ腹を出した。
大枯が駆け寄ってその腹を、槍で一文字に引き裂いて飛び下がった。
大猪が血と咆哮を噴き出して足を掻く。
霜が猪の力に引かれて縄を弛めた。
泥に腕をついて滑って倒れた小枯が今度は肘と膝を使って立ち上がり、懐から小太刀を手に走る。
大枯がまた前に出て鎌槍で猪の鼻先を切削ぎ、飛び上がった小枯がその目を小太刀で手首が埋まる程深く突き刺した。
大猪の咆哮が止んだ。
雨が激しく降り出した。
血で染まった泥場に無数の水紋が赤い輪を描いて、薄赤い泥水が辺りを浸して行く。
鬼鮫は肩で息を吐いて泥に膝をつく大枯の横を過ぎて、未だ血を噴く大猪の目に手首を埋めたままがっくり頭を垂れて動かない小枯の傍に寄った。
横顔を覗き込む。
小枯は薄目を開いて、口から涎を垂らしていた。息が浅い。でも早くない。
鬼鮫は大猪の目から小枯の手を抜いて抱き上げた。
垂れ下がった手から血が垂れる。小枯の筒袖は今日も血に染まり、もう朽ち葉色をしていない。
雨がまた激しくなった。