第5章 猪狩り
鬼鮫は大枯を見、霜鎌を見、大猪を見て小枯を見た。
大枯と小枯は思いの他落ち着いている。と、いって余裕があるわけではない。腹が座った、というのが相応しい。
猪の縄を放してどうするか、ふたり同じ思惑があるのだろう。お互い次にどう動くかがわかっているから慌てない。実際小枯は大枯が霜鎌に縄を放せと言っても微動だにせず、猪から目を離さなかった。
いずれ小枯は時雨を使うだろう。
霜の雨露が悔しそうに小枯を見る目でわかる。凍み鎌と競っているつもりだから忌々しいのだろう、小枯の時雨が。
黙って見届けるべきか干渉するべきか、鬼鮫は一時迷った。
迷って、止めた。
これは鬼鮫の懸案ではない。
それにこの状況を大枯が、小枯が、どう動かすのか見てみたかった。
圧倒的な力を持つわけでもない市井の人間が、大猪相手にどう抗うのかを見てみたい。
「雨露よ。これでは止め刺しは出来んよ」
大枯に言われて槍を構えていた雨露が目を眇めた。
上背はないががっしりした体つきが如何にも猟師らしい。坊主頭に冷たい雨が直にしのついて、顔に流れるさまが滂沱の汗を流しているように見えるのが皮肉だ。
両端に槍先があるのは大枯の仕様なのか凍み鎌の仕様なのか、小枯が槍を持たない為定かではないが、少なくとも雨露は尋常な槍を構えている。先が鎌のようになっているのは大枯が抜いた槍先と同じだが、刃の厚みが違う。獲物の違いのせいか。
ひょろりと背の高い霜刃と小柄で小回りが利きそうな霜降、ふたりに目配せして雨露が歯噛みした。
「放せ」
「放せったって…」
霜降が迷うように霜刃を見た。が、霜刃は頓着なくさっと縄を放した。ひとり縄を握る格好になった霜降も、猪に引き摺られそうになって慌てて手を放す。
小枯の手から泥場の足元に時雨が溢れ出た。大猪が猛って咆哮を上げたその瞬間、小枯は体を倒して時雨にのり、泥を足で蹴って大猪の射程から滑り出た。
大枯が飛び出して霜鎌が離した縄を拾い上げる。小枯を追って動いた猪の動きに沿って動き、長い腕で縄を手近な木にひと巻した。
「縄を持て!霜!」
大枯の叫びに霜の三人が大枯の投げ出した縄に飛び付く。