第5章 猪狩り
腰を落として猪の目を見ている。
肩が大きく上下しているが、荒い息を吐かないよう、腹に力を入れているのが見て取れた。筒袖の下、黒い脚衣の右脛が大きく裂けている。
罠にかかったか。
いや、罠にかかってそれを避けたのだろう。
小枯の足から血は流れていない。
小枯の目が鬼鮫と大枯をほんの一瞬捉えた。
僅かに首を振る。こっちに来るなということだろう。
泥場は傾斜。猪が上、小枯が下。
大枯が難しい顔をした。よくない位置取りなのだ。
大猪がゴォッという音を出した。正面の小枯の髪がフッと後ろに流れるほどの威嚇音。
男ふたりが縄を引いているからだ。縄のついた猪の足が泥の上で滑って、思うに任せぬ猪の怒りが助長する。
男三人が大枯をちらと見て、また大猪に目を戻す。
「…あれが霜鎌だ」
声を殺して大枯が言う。
「坊主頭が雨露、背の高いのが霜刃、括り髪が霜降」
すると猪の足を捉えた縄を握るのが霜降と霜刃、ふたりから少し離れて構えているのが雨露か。
「…これはどういう状況ですかね」
「あんまりうまくない状況だな」
大枯は動かない。霜とも目を合わせない。
ただ小枯と大猪を見ている。
「想定外に小枯が猪の近くにいる。今下手に動くと危ないからちょっと待ってくれ」
霜の連中もこの先どう動くか考えあぐねているのだろう。縄を握るふたりの額に脂汗が滲んでいるのが見て取れる。
縄で猪の足を捕ったはいいがふたりでも抑えきれないのだ。
大枯が霜鎌は大物を捕り慣れていないと言ったのを思い出す。成る程そのようだ。無様な。
「…馬鹿が。縄が解けるぞ」
大枯が呟いた。
猪が引く力と抜く力をうまくつかって結び目に揺さぶりをかけていたのだろう。足に巻きついた縄の結び目が少しづつ形を変えている。
「賢いやつだ」
大枯はにやりと笑うと昨日の熊を狩った時に使わなかった側の槍先から槍鞘から抜いた。
鎌状の分厚い刃が現れる。手入れがいいのが一目でわかった。これはよく斬れるだろう。
小枯も猪の縄が解けかかっているのに気付いている。
時折猪から霜の縄に、猪の後ろ脚に視線を走らせている。
「おい。霜の」
シューシュー威嚇を続ける猪の興奮した鼻息の合間を縫うように大枯が霜鎌に声をかけた。
「助けてやるから手を放せ」
「…何だと?」
「助けてやるから縄から手を放せと言ってるんだ」
