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弥栄

第4章 五ン合



もし小枯に間違いが起きても仕方なかったなで済ましかねない呑気さが癇に障る。
凍み鎌だから何か起きても自分で対応出来るだろうということか。昨夜熊と出くわしたときのように?

熊と人は違うだろう。喉に手を突っ込んで突き殺す訳にもいくまい。
この女は状況さえ整えばぼんやりと凌辱されそうな妙な危なっかしさがある。
自分を大事にすると言いながら自分の価値が見えていなさそうだ。人と触れ合うことへの異常な無頓着さといい、全く目放しならない。

何と言ってやれば効率的にこの妙な女に伝わるか、鬼鮫は暫し考え込んだ。

目の前で大枯小枯が狩りの支度をしている。

硬く編んだ縄、空袋、解体用の小刀、そして罠。飲水用の竹筒や何が入っているか図りかねる袋が幾つか。

慣れた様子で支度したものを腰籠や背負子に詰める小枯の横顔を見る。

こうして見れば普通の大人の女だが、口を開けば幼くなる。
狩りのとき、寝ているとき、食べているとき、疲れているとき、村人と話すとき、大枯と話すとき。
そして鬼鮫と話すとき。その肩にのるとき。

全て違う顔だ。見たことはないが、診療所でも全く違う顔をしている筈だ。意識してやっているとは思えない。相手を、状況を映して変わっているように見える。
些少な差だ。けれど違和感がある。
疲れのせいで反応を他に委ねているのだろうか。
素直かと思えば理屈っぽく、邪気なく笑うかと思えば不機嫌に素っ気ない。人の話を聞いていないようで聞いており、聞いているようで聞いていない。
訳が分からない。

ただ。

ただあの独語を、鬼鮫の肩の上で清々と語ったときだけは違った。
自分に向けられたものではないからより一層、はっきりとわかる。

あれは本当の小枯の気持ちだ。

ふと小枯が鬼鮫の視線に気付いたようで、顔を上げた。こちらを見て、訝しげな表情から一転、邪気なく笑う。猫柳の柔らかな笑み。

何故この私にそんな顔で笑いかける?
出会ってまだ2日と経っていない。

この女は危ない。









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