第4章 五ン合
「私のことはお構いなく」
それより。
「何を話していたんですか?」
「…いや…」
大枯がちょっと顔を赤らめた。
「まあその、狩りに入る前の挨拶ですよ。依頼元の村の者が狩る者と狩られる獣に挨拶をする…」
「はあ。それは狩りの前の儀式的な?」
「この山の恵みの遍く安寧のあることを、そう言うだけです」
この山の恵みの遍く安寧のあることを。
屠られる獣と、狩りに入った者の万一に対しての餞か?
「決まり文句です」
もし猟師の死を予想しての餞の意が含まれているとすれば胸糞の悪い話だ。
死地の外側の人間の無責任な感傷が鼻につく。
「怖い顔しないで下さいよ。深い意味はないんです。ただの決まり事ですから」
そう言って笑う大枯を見ればやはり猟師へ向けての餞でもあるということがわかる。
小枯は村人と話を続けている。差し出された手を握って、肩を叩かれて笑う。
本当に無頓着な女だ。
弔辞に等しい言葉を浴びせた相手に、何故親しげに出来る。
本当に死ぬかも知れないのに。
「狙いの大猪は賢くて」
先に立って歩き出しながら大枯が話し出した。
「罠方が何度もかけた罠をみんなくぐり抜けてこの一年、村の畑を荒らして回ってた奴です」
収穫の終わった畑の跡を見、大枯は目を細めた。
「味をしめてやたらと村に出るようになりましてね」
山で木の実や樹皮を齧るより、里の野菜の方が旨くてとり易いのだろう。
「とうとう先日人を襲いやがった」
猪は雑食性だ。まさかにと思って目を合わせると、大枯は首を振った。
「食われちゃいませんよ。だが足をやられちまって、もう歩けない」
襲われた村人は病や傷を診る診療所を経て小枯の療養所へ移る予定だという。
「身寄りのない男でね。まだ若いんだが山仕事も畑仕事も出来ないんじゃ村にはいられないから…」
鬼鮫はまた小枯に目を転じた。
まだ村人に捕まったまま話し込んでいる。
一体何をそんなに話すことがあるのか。
村人が熱心に話し、小枯がちょっと困った様子で相槌を打つ。あれは何かあまり有難くない提案を押し付けられているのだろう。
例えば、嫁入り先を勧められるとか。
里を出るより身を固めて子をもうけるのが現実的と話した昨日の小枯を思い出す。