第4章 五ン合
「ただ痛めつけるのは止めて貰えるかな。少なくても春狩りが終わるまで待ってくれ。そこまで気長に待てるんなら、痛めつけられてやっていいぜ」
小枯は真面目に鬼鮫を見上げて、それから笑った。
「もし私が生きてたらの話だけどな」
「…それは死ぬ可能性があるということですよね?」
「そりゃあるさ。ない猟はない。それに私が引き受けてる壱の鎌は勢子だ。誘導しながら仲間のところへ獣を走らせる。その途中で獣に捕まることは珍しくも何ともないことだ。だから弐の鎌参の鎌は六代目だが、壱の鎌は私で十代目。死ぬ気で走らなきゃいけない役割りなんだよ」
ここで小枯が顔を顰める。鬼鮫の苦い顔にも気付かずに。
「ところが私は足がそんなに速い方じゃないんだよな。何せいつも削れてるから。よくよろけ、よく転ぶ」
それはもう知っている。
「だから時雨を使う。そしてまた削れる。ジレンマだ。何だっけ、こういうの?互いに温めあえない針鼠か?ふふ」
笑いごとなのか。
「いつかそのうち、削れていない自分に会ってみたいものだと思うよ。そんな私はどんな私だろうな。全然違う私なんじゃないかな。そう思うと面白いよな」
「あなたはあなたでしょうよ。人はそんな簡単に変わりませんよ」
「そうか?私の中には時雨が食い込みすぎてる。それがなくなったら激変の予感がするぞ。怠がらない、面倒がらない、寝てばかりいない、もっと周りをちゃんと見れるような、そういう余裕があったらいいよな。…うん。いいな」
これらも多分小枯の独語だ。理解されようと思って話しているのではない。ただ思ったことを漏らしているだけ。聞き手は鬼鮫でなくとも良い。
「外に出てみたらどうです」
鬼鮫に言われて小枯は目を瞬かせた。
「時雨を使わなくてすむ生活をしてみたらどうです?しばらくの間だけでも。時雨のない自分を見てみたいんでしょう?」
「うーん。それは里を出る理由には弱いんだよな」
と、いうことは考えないでもなかったということか。
「言ったろ。井の中の蛙は意外と不幸せじゃないんだ。だから海へは出ていかない」
小枯は伸びをして、腕を回した。体をほぐして温めている。さっきまでと体の動かし方が違うのは狩りに備え始めているのだろう。
「…何で私にそんな話をするんです?」
不意に聞かれて、小枯の動きが止まった。
「…何でって…」
