第4章 五ン合
結局そのまま小枯は五ン合につくまで鬼鮫の肩からおりなかった。
途中休憩といって沢が枯れるんじゃないかという勢いで水を飲んだ時以外、昏々と鬼鮫の肩の上で寝続けている。
五ン合で欠伸をしながら集落の者と話す大枯を眺めている小枯はただただ怠惰に見える。やたら腕を伸ばしたり腰を回したりしている。合間に欠伸をし、頭を掻いて周りを見回す。外渉は大枯に丸投げだ。
凍み鎌ということで顔を知られているのか、時折在所の者が声をかけてたり手を振ってきたりする。そういうときは笑顔で応える。目尻に皴の寄る笑顔が、雪中に芽吹いた猫柳の、滑らかに当たりのいい素直な優しさ。
意外なことに小枯は女子供から羨望を伴った好意を受けているようだ。
男は寄って来ない。女子供や年寄りばかりが寄って来る。
それが頼るように、甘えるように小枯に話しかける。
小枯も優しい。飽くまで当たりがいい。
「今年の冬は五ン合は狩場になってる?」
「熊も捕れたし今から猪も狩る。猪が狩れたら五ン合にはこの冬もう来ないよ。大猪が捕れれば毛皮も足りるだろう?」
「なんだァ。でもさ、また大熊か大猪でも出れば来てくれるんでしょ?そうだよね」
「そんなことを言うな。村が荒らされたら困りだろう?」
「でも来てくれるんだろ」
「出たら来るしかないだろうなぁ…」
「なら村が荒らされる前に大急ぎで来てよ。そしたら小枯や大枯にまた会えるし、肉は増えるし毛皮でもっとあったまれる」
「簡単に言うねえ。私らは天狗じゃないから、そんなに早く山を越えられないよ」
笑う小枯は優しい猫柳。見るからに柔らかく、優しい。
「初枯さんは?後から来るの?」
「ね。姿が見えないけど…」
年頃の娘たちがもじもじしているのをみると、初枯は色男らしい。
小枯は笑って空を見上げた。
「初枯は今忙しい。また今度、な」
眩し気に青い空を見上げながら、小枯は取り留めない表情を浮かべている。
嘘は言っていない。全部話していないだけ。
どうやら里全体に初枯の醜聞が広がりきっている訳ではないようだ。
「猪狩り、見に行っていい?」
小さな子供に言われて小枯は首を振った。
空から目を引き剥がしー引き剥がしたように何処か痛いような顔をしてー子供の傍に膝をつく。
「危ないから狩りが始まったら絶対に家をでちゃいけない。絶対だ」