第4章 五ン合
小枯は何の感情もなく、ただ思っていることを話している。
「この先もしかしたら出たいと思うこともあるかも知れない。けれど私の年を考えれば、そうするよりも里で身を固めて子を設ける方が現実的だろう。今でさえ行き遅れて責められているからな」
「誰も責めちゃいないさ」
大枯に言われて小枯は肩を竦めて鬼鮫の頭に身を寄りかからせた。鬼鮫は顔を顰めた。無防備過ぎる。小枯はそんな鬼鮫にはお構いなしで話を続けた。
「私は時雨を繋がなけりゃならないだろ?それが出来なくては責められるのも仕方ない」
「妹がいるだろう。婿をとって子を設けている」
「是非子沢山であって欲しい。あれは子供好きだしな」
小枯の声が頭に寄せられた身体から直に耳に入ってくる。
「凍みにいる限りどうしてもいつどうなるかわからないしなあ」
「……」
大枯が黙った。
小枯は鬼鮫の肩の上で気持ち良さそうだ。
「いいな。目線が高いと清々する」
息を深く吸う小枯の感触が伝わって来て、鬼鮫は内心溜め息を吐いた。
人に触れるということを本当に何とも思っていない。これは嫁ぐ以前の問題だろう。こんな嫁を貰っては始末に負えない。
「…あなたが療養所で老人相手に殊勝に働いているように思えないのは何なんでしょうね」
思わず漏らすと、肩の上で小枯が笑い声を立てた。
邪気のない、軽やかな笑い。落差が激しい女だ。
「馬鹿なことを言うな、客人。人には沢山の面があるだろ。あんたは私を知らない。知らないのに想像で私を縛ろうとしている。だからわからないのさ。頭が固いってことだ」
「療養所での小枯は優しいぞ」
大枯が苦笑する。
「あれもまた小枯だ」
「お前が小桑の前で優しいのと一緒だな」
含み笑いで小枯が返す。
「こいつには生まれた時から決まった相手がいてな」
腰を屈めて鬼鮫の顔を覗き込み、目尻に笑い皴を刻んで声を低める。
「そいつといると別人みたように優しくなる。面白いくらいだ」
「おい!他人に変なことを吹き込むな!」
「な。声を荒げるのは図星を刺された証拠だ」
鬼鮫の目を陽ざしで温まった露のような目で覗き込み、小枯はふいと体を起こした。
「何かいいことないかなぁ」
「いいこと?」
聞きとがめた鬼鮫に、肩の上で小枯がまた笑う。
「ああいう大枯を見てるとそう思う。羨ましいんだな、きっと」