第3章 小枯
「…馬鹿だな大枯。金がないのに飢える者もなく暮らしていけることがどれだけ凄いかわからないのか」
小枯が目を覚ました。
カサついた口の端が沢蓋木の実のように青褪めている。傷めていない側の肘をついて起き上がるその目の端が黒ずんで切れ上がっている。隈が深いせいでやけに目が目立つ。
「里を腐すのは止めろ。私もお前もそこで生きているんだ。半端に是非を問うなら里を抜けろ」
溜め息を吐いて晒しを巻いた腕を撫でる。
「お前がこのまま育ち上がれば里にとっても碌なことにならない。そう思わせないでくれ」
「今の里のままでいいと、お前は本当にそう思うのか」
大枯が鬼鮫の存在など忘れたように一心に小枯を見た。
それを一瞥する小枯の目は冷たい。
「誰も彼もが金のない里で、どれだけの年寄りが助けられていると思う?思うように生きられぬ身体を抱えたものがどれだけ救われていると思う?安易に貧富を持ち込むのは彼らを潰すことになる。そうなれば私は生涯お前を許さないだろうよ」
ここで小枯は面倒そうにあーあと息を吐き出した。
「腹が減った。もう眠い。…何だ、まだいたのか、この人は」
鬼鮫に目を向けて小枯は呆れ顔をした。
「先刻見た通り、ここに居ても面白いことはないですよ。さっさと山を下りた方がいい」
鬼鮫は目を眇めて腕を組んだ。
「そうですかね。随分面白いものを見せて貰いましたが」
「ぐずついた氷水がちょっと出たくらいで面白い?結構簡単な人なんだな、客人」
機嫌が悪いのか、最前とは雰囲気が違う。切って捨てるような物言いをする。
「ぐずついてようが何だろうが、何もないところから氷水が湧いて出るのは尋常じゃありませんよ?あなたたちの里じゃどうかは知りませんがね」
「うちの里じゃ面白くも何ともないことです。あんた、経巡を知らなすぎる。まあ知る必要もありませんが。山を下りて忘れなさい。ここは客人とは関わりのないところだ」
大枯が豹変した小枯に驚いた様子を見せないところをみると、面倒そうに苛々している小枯の、これも素なのか。
鬼鮫は興味深く小枯を眺めた。
中途半端で輪郭が掴めないやり取りばかりが多かった小枯が消え失せている。
「人をじろじろ見るもんじゃありませんよ?不躾は何処にいっても疎まれる」