第3章 小枯
「ありませんよ。病じゃないんで。食べて飲んで寝るしかない。つまり時間薬ってヤツしか効かないんです」
成る程。病ではない、か。
ふたりの食って寝るというやり取りが頭に浮かぶ。あれはこういうことだったのか。
「水を飲ませて塩気を摂らせ、肝臓やら干した蕨や発条なんかも食わせる。大きく削れた後は大概脱水と貧血を起こしてるらしいから。出来たらたらの芽や独活や赤ミズなんかも食わせたいが、時期が違う…」
「はあ。山菜は兎も角今ある肝臓と言えば…」
ふたりは揃って引き戸の方を見た。その向こうには死にたてで湯気が出るような熊の遺骸が横たわっている。
「熊の肝臓なんて癖の強いもの、この状態で食べられるんですかね」
「こいつは何でも食いますよ。しかも飽きれるくらい沢山食う」
「飽きれる程沢山ねえ…」
小枯のどうにも心許ない体を見ながら鬼鮫は歯切れ悪く呟いた。
「肝臓を食べてもすぐに貧血はよくなりませんよ。継続して摂らないと身にならない。だからこの人は始終ふらついてるんじゃないですか?」
「獲物はみんなで分けるから…。肉がないときは魚で補ってるんだ。いつでも欲しいものが食える訳じゃない」
外に出て買い求める頭はないのか。このままでは早晩この女、本当に病み付くか死ぬかする。
「うちの里は大体が物々交換で成り立ってるんで」
鬼鮫の内心を見抜いたように、大枯が苦く笑った。
「里人は大概他でいうところの貧乏人ってやつなんですよ。金というものを持ってない。だから里にあるもので間に合わせて暮らす」
「たかだか山が3つの里じゃ何でもかんでも間に合うものではなさそうですが?」
足りないものはどうしているんだ?実際小枯には滋養が足りていない。
「伐採した木や捕れた獣を売ったり、食い物や山のもので染めた布を外で商って手に入れてる。ただ手に入った金は里のもので、商った当人には代価に応じた物が渡されるだけ」
洗い清めた小枯の腕の傷に怪しげな膏薬を塗りながら大枯は痛いような、恥じ入ったような顔でいる。
貧しいことを恥じているのか、里の構造の歪さを恥じているのか。
「それでは貴重な栄養源をこの人が独り占めする訳にはいかないでしょうねえ。猟師をしながら自ら捕ったもので滋養を得ることも出来ないんじゃ働く甲斐もなさそうだ」
「それでも他よりは手に入れ易いんだ」
