第3章 小枯
大枯に抱えられた小枯が野小屋へ運び込まれて来た。
赤く染まった腕が垂れ下がって揺れている。昼間見たあの腕の、予想もつかない夜の姿。
大枯は炉端に小枯を横たえて血塗れの腕を子細に調べた。大きな傷はなかったのか、ぎゅっと寄せられていた眉間が僅かに開く。
持参した木通の蔓で編んだ腰籠から晒しを取り出して真ん中から割き、大枯は目を上げて土間の水甕を見た。
引き戸に寄りかかって二人を見ていた鬼鮫が、身を起こして水甕に向かった。桶に水を汲んで大枯の側に置く。大枯は目顔で鬼鮫に礼をして、晒しを桶の水に浸した。
「…驚きましたか?」
小枯の腕を拭きながら、大枯がぽつりと言う。
驚いた?何に?
熊が出たことか?小枯が熊の口に手を突っ込んだこと?それともその手から"何か"が溢れ出たことか?
鬼鮫が黙っていると、大枯はぽつぽつと語り出した。
「コイツは手から時雨を出せるんです」
ああ。成る程。あれは時雨か。道理で水にしてはおかしな質感だと思った。
「コイツの家族は皆アレが出来るんだが、コイツの時雨が一番強くて…」
血筋に宿る力か。
「アレは出す者の体を削る。やり過ぎると体を損なっちまう」
だから夏に削れるのか。療養所ではさぞ重宝しているだろう。家業が何かは知らないが、何れ涼を売る仕事をしているに違いない…
「凍み鎌になったのもあの力を買われてだ。こいつは結局一年中身を削ってる」
「早死にしそうですね」
あっさりと鬼鮫が言い放ったとき、小枯がかっと目を見開いた。
「誰が早死になぞするものか!馬鹿にするな!私は自分を大事にするぞ!」
いやにハキハキと怒鳴り捨て、またすぅっと目を閉じる。
「…何ですか。この人はいつもこんな感じなんですか?」
鬼鮫に聞かれて大枯は首を振った。
「いや、全然…。何ですかね、今の…」
「私に聞いてどうするんです。知りませんよ、この人のことなんか」
"私は自分を大事にするぞ"
この言葉が引っ掛かって、鬼鮫は小枯の隈が深い顔を見た。
名前を聞かれたことが余程の驚きだったのだろう。しかしこの状況で叫ぶことか?ーいや、この状況だから叫んだのか。
「これはどうしたら快復するんです?薬でもあるんですか」
ないことはないだろうと踏んで何の気なしに聞いたのに、大枯が首を振ったので驚いた。
「…まさかない?」