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弥栄

第10章 参の社



何を言っているんだ。

霜刃の仕業?霜刃は権宮司だ。社を動かす権限などない。
そもそも私情で神職を疎かにするほど霜刃は暗愚でもなければ不純でもない。

「霜刃は関係ない」

「庇うの?まあ、あなたもしかして霜刃を好きになったの?」

南天が目を輝かせた。全く悪気のない、嬉しげな顔がほんのり赤く上気して美しい。
初枯といるときの顔だ。

小枯は目を伏せて黙り込んだ。

「やっとあなたにもそういう相手が出来たのね?良かったわ。全然浮いた話を聞かないから心配していたのよ」

洗い清めた小枯の髪を優しく拭きながら、南天が弾んだ声で言い募る。

「でもそれなら尚更あなたは巫女にならなくちゃ。そうすれば後々霜刃のお手伝いが出来るでしょう?」

「…南天。私は霜刃を好いてはいないし、巫女になるつもりもない」

無邪気に喜ぶ様子の南天に微かに胸が痛んだ。
この人に悪気があるわけではない。私が南天と初枯の今の関係を知らないように、南天もまた今の私の事情など知る由もないのだから。

南天はただ昔馴染みの男っ気のない小枯が、幼馴染の霜刃と恋仲になったのだと胸を躍らせているだけなのだ。

もし本当に南天が思うようなことになっていれば、確かに小枯は躊躇なく本巫女になり、幾年かを参の社で過ごすことを選んだかもしれない。参の社で巫女としての基盤を築き、弐の社と参の社の関係を良好に保つ身の上になるのは、霜柱と共に歩むのであればこの上ない選択になる。

だがそうではない。

小枯は鬼鮫と里を出る。時雨ではない小枯を見てくれて、時雨ではない小枯を欲しがってくれた鬼鮫と。

奇跡みたいに出会えた、外の世界から来た不思議な男と。

「南天。私は巫女にはならない。私は里を出るんだ」

髪を梳る南天の手を取って、小枯は南天の顔を覗き込んだ。

色素の薄い、綺麗な光彩が浮かぶ目が不思議そうに小枯を見返した。

「里を出る?だって、そうしたら…色々困るんじゃない?」

引っぱたかれたような気がした。

痛い。

「あなたがいなくなったら、皆困るわよね?療養所も、おうちのご商売も…」

足元から血が抜けて行くような気がした。
ずるずると自分の影に血を吸われて行くような。

「…何故里を出たいの?何か不満が?」

身体の力が抜けた。

可愛い南天。可憐な南天。優しい南天。

あなたは何て…綺麗なんだろうな。
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