第10章 参の社
「またこんなに血に塗れて」
手ずから小枯の黒髪を湯に浸けて解しながら、南天が微かに眉を寄せる。
「よく髪が傷まないものだわ。山の物を好んで食べるせい?小枯は山菜が好きだものね」
辺りにはふわふわと湯気が満ちている。
それが薄暗い湯殿の中で揺蕩って、生温かく纏わりつく。
初音と稲穂を退かせた南天は、自ら小枯の手を取って湯殿へ連れて行った。
小枯は真白な湯帷子を着、湯殿腰に座らされて黙念としていた。南天もまた湯帷子を着、甲斐甲斐しく小枯を洗い清める。
「宮司に御目文字するのにこれでは障りがありましょう?」
獣の屍肉を欲しがりながらその血を穢れと扱うか。
思っても言わない。
意味がないからだ。
狩りで付いた血は穢れでも金に化ける肉は奉納品になる。それだけのことだ。
道理が始めからない。
"無い"ものを"ある"ように語れと言ったところで文字通り"何"にもならない。始めから"ある"ように、体系と制度を組み替えなければ。
言葉だけでは何もかも空回りするばかりだ。
それを今、大枯たちが、いや、自分たちが変えようとしている。
この目の前の、辻褄の合わない世界で守られてきた南天を利用して。
ーそのつもりだったのが。
逆に絡め取られかけている。
何かを先回りされている。
鬼鮫らはどうしているだろう。
宮司に会っているのか。霜刃は兎も角、何故鬼鮫まで連れて行かれた?
初枯を追う身と知られたからか?どこから知れた?
凍みと霜から漏れたとは思えない。
これで凍みと霜には同じ矜持がある。
里を飢えさせないことが一義。
その為に身を削って各々狩りをしているのだ。確たる報酬もなしに。
「ねえ、小枯。何故狩りをするの?女の身では危ない務めだわ。巫女になるのを断ってまですることではないでしょう?」
信心では里の皆の腹は膨れない。
だからだ。
同じ時雨を使って身を削るなら、神前で舞うより里に糧を齎したい。どちらも神に仕える行為になるのならば少しでも里を豊かにしたかった。
「宮司もあなたをここの巫女にと望んでいたのに。弐の牟礼は欲深いわ。あなたを囲って、しかも狩りまでさせるなんて」
「弐の牟礼は欲深くはない。ただ己が牟礼に住む者への守りが強いだけだ」
「もしかして霜刃の指図?あの人は子供の時からまるきり他が見えないくらいあなたばかり見ていたものね」
