第10章 参の社
鬼鮫の手が浮く。
すぐにも鮫肌の柄を握れるように。
そこで宮司が懐手に腕組みして目を細めた。
「何だ。依頼主を斬り捨てる気か?如何な暁とは言え、流石にそれは頂けないだろう」
鬼鮫の手に重心が戻り、霜刃が黙って宮司を見、鬼鮫を見た。
鬼鮫は霜刃を見ない。ただ宮司を見て、そして口角を上げた。
大枯との会話を思い出す。依頼主について語ったこと。興味はなくもないが、知る気もなかった自分。
内心歯噛みする。
顔には出さない。だが、腹が煮えくり返った。
もし、依頼を振ってよこした角都に依頼主の話を聞いていれば今この場の焦りはなかった。大枯たちの企みも、違う方向に誘導出来た。
もし。
この言葉に縋りかけている自分に果てしなく腹が立つ。
霜刃が居住まいを糺して目を眇め、何かを言いそうな様子を見せた。
宮司は霜刃に向かって唇に指先を当てて首を振り、懐手を解いて鬼鮫に向き直る。
「初枯はどこにいる?見たところ全く仕事が出来ていないようだが尾のない尾獣とは文字通り尾を切り落とされた獣のことか。情けない話だな、干柿鬼鮫」
鬼鮫は眉を上げてふっと笑った。
「名乗りもしていない相手から名前を呼びつけられるのは愉快じゃありませんねえ」
「なら人目に立つような生き方をしないことだ。通り名が罷り越す来し方を選んできたのはお前自身ではないのか?しかも未だそれで食っている」
「知りもしない人間に生き方を云々される筋合いはありませんよ」
「私にしてもお前を云々してやる筋合いはない。人を餌に生きるような輩に興味はないからなあ」
「そういう輩に金を払って何をしようとしているんです?神職の身の上で随分生臭いことですねえ」
「それこそお前がとやかく言うことではないな。依頼主は必ずしもその目的を話す訳ではない」
「角都には話した筈」
「話の分かる相手に話をするのは至極真っ当なことだ」
「…どうやらあなた角都の上得意のようだ」
「だから何だ。それがお前に何の関係がある?」
「私も暁の一員ではありますからね。関係なくはないでしょう。実際角都を通してあなたの依頼を受けたのは私ですよ」
「ほう。ではお前はそうとも知らずに私の金で何度も仕事をしていた可能性があるということだ。お前の血肉の一部を私が請け負ってやった訳だな?」