第10章 参の社
本殿の入り口で猪肉を受け取った仕丁に鬼鮫は明らかな違和感を覚えた。
忍びだ。
しかも手練れの。
決めつけかかって鬼鮫はふと思い止まった。
立ち去る仕丁の佇まい。
忍びの、どうしても滲み出る虚妄がない。隠れて謀することを一義とするその陰惨な暗がりが。
それを否定するものではないが、如何せん世を裏切る暗躍が忍びの本筋。それを誇れないのであれば忍びの職務を、本懐を全うすることは出来ないし、生き延びることも出来ない。
ではこの仕丁は何者か。
鬼鮫は目を眇めて考え込んだ。
本殿は静かだ。静かだが人が居る。先ほどの仕丁と同じ空気を纏った者が幾足りも行き交って静かに奉仕している。
おかしい。
思わず足が止まりかけた刹那、霜刃が振り向いた。
「止まるな。歩め」
それだけ。
鬼鮫は舌打ちしそうになって、止めた。
一緒にいるのが大枯か雨露、いや、霜降でもいい。それならばまだ何かしら話を聞けたものを、よりによって霜刃では何の情報も得られない。
鬼鮫が本殿内に立ち入ることは想定外、だから大枯たちは本殿については近寄るなとしか話さなかった。
茅場という、油断ならない宮司がいるということ以外は。
先導する巫女が西の翼殿の前で立ち止まった。
「お入り下さいませ。宮司がお待ちです」
告げられて霜刃が躊躇いもなく翼殿内に足を踏み入れた。
「弐の社権宮司霜刃罷り越す」
…こんなものか?
あまりに素っ気ない霜刃を訝りながら鬼鮫も翼殿に入った。
連子窓から微かに頼りなく表の明かりが差しているが如何せん表は吹雪、蝋燭の燈火だけが中を照らしている。飴色の床板に、壁側に整理されて積まれた箱。楽や儀式の待機所らしく、飾り気はない。
その真中に、白髪白髭の宮司が端座していた。
「よく来た。吹雪かれて難儀しただろう」
細面で皺深い精悍な顔立ちが意外に浅黒い。嗄れた深い声は祝詞を読み慣れた耳触りの良さがある。
「座りなさい。先ずは茶でも喫しよう」
そう言って闊達に笑う様は神社の宮司とも思えない。
これは人たらしだ。そして異様に隙がない。
鬼鮫は斟酌なく眉を顰めて霜刃の隣に座った。
それを見届けて、宮司はふたりの背後に控えていた巫女にお茶の支度を言いつけ、霜刃を見た。
「弐の社はどうだ。このところ無沙汰していたが変わりないか」
「恙無く」