第9章 霜刃
最初に目を覚ましたのは小枯だった。
寄合所は暗く、囲炉裏の埋み火だけが赤く仄かに明るい。
身体が久しぶりに少し軽い。よく眠れたせいだろう。
伸びをしてふと気づいた。傍らに壁に寄りかかって目を閉じる鬼鮫がいる。
小枯は腰から足に纏わる黒い外套と鬼鮫を見比べ、唇を嚙んで鬼鮫の膝に手をのせた。
よく眠れたのは多分鬼鮫のお陰だ。
祝いの席から大枯たちが戻ったら、起こされるだろうという心積もりで寝ていた。だが眠りは妨げられることなく、小枯は鬼鮫の外套に包まれたままこの時間まで目を覚ますこともなく体を休めることが出来た。
「…あんたのお陰だな。そうだろ?」
低く呟いて、小枯は鬼鮫の膝をそっと撫でて手を放した。
その手が掴まれ、引き戻される。
「体はどうです?今日は担がなくても良さそうですか?」
見上げれば鬼鮫が目を開いて小枯を見下ろしていた。
「今日は私も荷物を持たなければならないですがね。それでもあなたひとりくらいなら担げなくはない。そうしたければ言いなさい」
「社について来るのか?」
「あなたとあの優男に大猪の肉は文字通り荷が重い。残りの3人は罠を見回って少しでも獲物をとりたい。だから私が荷物持ちをします」
有無を言わせぬよう、噛んで含めるように言った鬼鮫に小枯は笑った。
「その上私を担ごうっていうのか?本当に力自慢だな、あんたは」
親し気で柔らかな囁き声に鬼鮫は瞠目した。掌の中、素直に握られたままの小枯の手が温かい。食べて寝たことで回復してきたのだろう。
「あんたが今いてくれてることは、あんたが思ってる以上に助けになっている。…あんたにその気がないとしても、あんたは経巡を助けてくれている」
小枯が鬼鮫に寄りかかって、静かに息を吐いた。松の葉が匂い、杉が香る。
「私は経巡を助けてる訳じゃありせんよ」
小枯の頭を抱き寄せて鬼鮫はふっと笑った。そう。鬼鮫は経巡の為には一切動いていない。ただ今鬼鮫がしようとしていることがたまたま経巡を助ける恰好になっているだけだ。
「知ってる。なのに助けてくれている。だから尚更礼を言いたいんだ。ありがとう、鬼鮫」
小枯の小さな声が胸元に蟠って、そのまま体の中に入って来たような気がした。
「礼を言いたいなら後でまとめて、ゆっくりどうぞ。それまでは変に気を回して削れないように」