第9章 霜刃
「見ての通り、霜刃ってのはその…昔から小枯が関わるとちっとばかり様子がおかしくなるとこがあってな。変わり者なんだ」
霜刃が投げ捨てた湯呑を拾い上げ、雨露がどことなく気まずげに言った。
鬼鮫に向けて言ったものらしく、大枯と霜降も揃って気まずげな顔をしている。
鬼鮫は膝の間で眠る小枯を見下ろした。
「随分この人に入れ込んでいるようですね」
だが小枯にそれは恐らく届いていない。
霜刃といた半刻で削れを増していた小枯を思って鬼鮫はふと口角を上げた。
霜刃は小枯を見ているが小枯が見えていない。だから"見過ぎて"小枯を削る。
下手な男だ。
小枯をそっと床に横たえ、鬼鮫は炉端へ戻って座った。
「どうするんです?あの人が抜けてそれこそ算段は立つんですか」
「立つわきゃねえよな。それでなくたって企むもんの数が少ねえのだもの。泥舟どこじゃねえ。底の抜けた柄杓で風呂桶に水を汲むようなことになっちまった」
霜降が肩を竦めて雨露に睨まれる。
「そもそもあいつは小枯が猟師になるってから猟師になったんだろ?」
仲間の来歴を又聞きのように話す霜降に鬼鮫が訝しんで眉を上げる。それを察した霜降が、湯呑の酒を飲みながら言葉を継いだ。
「あんたは今見た霜刃しか知らないもんな。あいつは普段、本当に話さないんだよ。俺らと山に入ったって一日ひと言ふた言話しゃ上等。家でも里でも口を開かねえ。あいつが祝詞をあげる以外の声なぞ聞いたことがねえ里人なんかざらにいるってくらいでよ」
湯呑に酒を注ぎ足して、霜降は面白そうに笑った。
「だから身の上話なんかあり得ねえの。あいつのことはあいつの口から聞けない。あいつの考えてることはあいつを見てなきゃわかりゃしない。ま、俺は見ててもさっぱしわかんねんだけどよ」
「俺も今日の霜刃には驚いた」
大枯が感慨深げに言う。
「小枯とは何くれとなく話していたようだが、俺なぞないもの扱いだったからな。口をきくとは思わなんだよ」
「甘く見てたわ」
坊主頭を撫でて雨露が舌打ちする。
「なまじ一緒に里を出れるみてぇな案を出しちまったから箍が外れたか…」
「明け前には戻ると言ったからには戻っては来るだろう。話はそれからだ」
大枯がぱちんと話を締めて鬼鮫を見た。
「明朝小枯には霜刃とふたりで参の牟礼に行って貰う。悪いがあんたは同道出来ない。心得てくれ」
