第9章 霜刃
寄り合い所を出た霜刃は村の夜道を歩きながら、まだ頭が煮え立つのを覚えていた。
一番の馬鹿は俺だ。小枯を止めなかった俺だ。
小枯は必要とされれば時雨を使わずにいられない。自分の分まで削って里に差し出してそれが当たり前だと思っている。
止めなければならなかった。
けれどそういう小枯が好きだった。
小枯が小枯であることを妨げたくなかった。例えそれが残酷なことであっても、身勝手な思いであっても。
結果これだ。
俺は小枯を見過ぎて、小枯が見えなくなっていた。
だからどこの馬の骨とも知れない男に小枯を拐われる羽目になった。
羽目とはいうが、あの男の方が俺より真っ当であることはわかる。
あの男はこれ以上不当に小枯が削られることを止めさせる為に小枯を拐っていくのだ。
小枯を守る為に。時雨から解放する為に。
だから小枯は自ら名前を預けたのだ。あの男に。
霜刃はそこまで思って目を細めた。
ーいいだろう。だが誰に拐われようと何処へ行こうと小枯が奪われることはない。
霜刃と小枯は同い年、同じ牟礼で生まれ育った筒井筒だ。
小さな頃は一緒に遊ぶこともあった。
小枯はよく笑いよく怒る、他愛なく可愛げのある童女だった。霜刃は幼心にこれでこいつが男子であれば、さぞや楽しかったろうと思って小枯を見ていた。
継母に育てられた霜刃は小さな頃から女嫌いだった。
継母が霜刃に冷たく当たっていた訳ではない。
ただ家の中に"女"の気配があることが疎ましかった。何かしらの穢れが入り込んできたようで、どうにも我慢がならなかったのだ。
そんな霜刃が小枯を唯一人の女と思い定めたのは、ふたりが10のとき、初夏に執り行われた神事の日のこと。
小枯は選ばれて雨乞いの舞を舞うことになっていた。
その日、霜刃は小枯と遊ぶことも叶わず、窮屈な斎服を着せられ、頗る機嫌が悪かった。
斎服は見た目こそ白白と涼しげだが着てしまえば普通に暑い。
この年は梅雨にも雨が降らず、畑の作物の育ちが心配されていた。だから小枯が選ばれた。時雨を使った舞を涼やかに奉納しようという提案は里人に歓迎された。それなら山神も喜んで罔象女神に繋ぎをとってくれようというもの。
このときの小枯は時雨を出しはするがそれを使うという術をまだ心得ていなかった。
加減もわからぬまま、時雨を使って舞うことになったのだ。
