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弥栄

第9章 霜刃



霜刃がスッと上がり框に足をかけ、炉端に座った。

「印はある。これがなくば明日社に行く理由が失せる」

霜降の差し出した酒の入った湯飲みを受け取りはしたが口をつけず、炉端に置いて背筋を伸ばす。

「あの大猪であれば魂還の奉納を執り行うに支障はないが、その分五ン合の冬の蓄えは減る。それを補う為にまた狩りをせねばならぬことは無論承知の上だろう?」

大枯が痛い顔をした。

「…止むを得ないだろう」

「初枯も小枯も欠き、大物狩りに慣れぬ霜と組んでそれが出来るか。お前の頭の中で成っていたこの冬の算段は狂っている筈。狂いに追いつく自信はあるのか」

霜刃が大枯から雨露へ目を移す。

「冬越しの糧は経巡の命題。だからこその凍みであり霜である。自信はあるのか」

「やるしかねんだから意気を挫くようなこと言うな。他人事みたようによ」

雨露に言われて霜刃は湯呑の酒を土間に投げ捨てた。
寄り合い所へ酒の匂いが満ち、座に緊張が走る。

「他人事だ。俺は今を以て霜鎌を辞す。小枯と南天を引き合わせた後はお前たちの企てに関わることもしない」

「馬鹿なことを…」

「俺を馬鹿だと知らずにいたか」

霜刃は羽織の裾を捌いて立ち上がり、囲炉裏端に座る三人を一瞥した。

「…それこそ馬鹿な連中だ」

呟いた霜刃の目が、鬼鮫の膝で眠る小枯へ向けられた。

鬼鮫は目を開いていた。
起きて、話を聞いていた。

しかし霜刃は鬼鮫を見ない。
目にも入らない。
それはまるで景色のひとつのように、あってなきもの。

ただ小枯を見ていた。安らかに眠る小枯を目に焼き付けるように凝視する。

「……」

鬼鮫が動きかけた。
察した霜刃がすっと目を、囲炉裏端の大枯らに戻した。

薄い氷で覆われたような冷たい顔で仲間を見回し、目を細める。

「去ぬる。明け前にまた来よう」

言い捨て霜刃は寄り合い所を出て行った。








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