第9章 霜刃
眉を顰めた霜刃に大枯が頷く。
「時間がない。明日の明けに出れば昼前には参の社に着く。そこで上手く話がついたら、小枯には参から湯の国へ下りて貰う」
参の牟礼は湯の国に接している。初枯が南天に呼子笛で繋ぎをとっていたのも湯の国に面した場所だ。
「明日中に?そんなに上手くいくもんかね」
驚いた霜降に霜刃が同意の顔つきで僅かに頷いた。霜降の言うことに霜刃が頷くのは珍しい。
「それはやってみなけりゃわからん」
「事によったらここで計画倒れって話かい。ひえー」
両手を挙げて頓狂な声を出した霜降が、雨露の拳を避けて桑原桑原と首を竦めた。
「しようがねえのはわかるがおっかねえなぁ。ホントに危ない橋…いやぁ、泥舟じゃねえか、こりゃ」
「いざとなったら文字通り担ぎ出すしかないんだ。どの道南天を社から出して、山から下ろさなきゃならん。その時は俺が出る」
大枯が額を撫で上げて霜刃を見た。
「大猪の印は貰って来たな?」
「それが俺の仕事だ。差し出口をきくな」
「貰って来たかと聞いているんだ」
「差し出口をきくなと言っている。俺を圧して何とかなると思うな。浅ましい」
「浅ましいだと?」
「止め止め、霜刃。お前喋り過ぎで疲れてんだろ?だよな。今日だけで何年分話したよ。そろそろ黙っていいんだぜ?無理は身体に良くねえってからよ?」
霜降に言われてまた霜刃の目が凍てつく。
「それを俺に言うか」
小枯にこそ言ってやるがいい。
頭に血が上るのを感じた。血が爆ぜる音が聞こえるような思いがする。
何故だ。何故小枯が経巡を出なければならないのだ。小枯が何をした?人の役に立とうと、皆の喜びを、安寧を支えようと独り藻掻いていただけではないか。それの何が悪い。悪い道理がない。悪いのは小枯ではない。悪いのは………
「止せ。下らん。内輪揉めしたいならお前は下りろ」
雨露が低い声で言い捨てて、いっそ穏やかに霜刃を見た。
「霜も下りて神職のみ勤めろ。今この場を乱すような奴は今後の狩りでも役に立たん。手前勝手に理屈を捏ねて独りを囲っていろ」