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弥栄

第9章 霜刃



「昔鉄砲水で塞がった道を拓いたことがあったろ?なぎ倒されて山になった木を時雨で吹き飛ばしてよ。こいつが凍みを始めたばっかの頃か。あら凄ぇの凄かないの、俺ぁ見惚れちまったもんなぁ。流石時雨だってよ」

「あの後小枯は診療所でひと月寝付いて死にかかった」

土間に立ったままの霜刃が冷たい声で言った。

「鉄砲水で分断された村には人を食う熊が出ていた。水に晒された村の状況もわからなかった。とは言え、小枯が身を削って死にかける必要など全くない」

何か言い返しかけた雨露を霜刃が凍てついた目で黙らせる。

「こいつは終始時雨の使い方を間違え続けて来た」

霜刃の目が、雨露から小枯に移り、曰く言い難い色を湛えた。

「だから独りで苦しむ羽目になる」

そしてそういうお前が、俺はどうしようもなく好きだ。
赦してくれ、小枯。

霜刃はじっと小枯を見たまま黙り込んだ。
皆、何も言えずに黙り込む。各々思うことがあり、それを口に出して分かち合うのを憚るような妙な空気が流れた。

「過去のことをとやかく言ったところで何になります?感傷に浸って傷が癒えるなら世話はない」

霜刃の目から奪うように鬼鮫が立ち上がって小枯を抱き上げた。小枯は小さく溜め息を吐いたが目覚めず、針葉樹の匂う括り髪が鬼鮫の腕から垂れて揺れた。

「この人がそれなりに大事にされていたのは分かりました。さぞ便利でしたでしょう?」

鬼鮫は壁際に移ってすわり、組んだ足の中に小枯を囲い込んだ。

「飲み直すならお仲間同士でごゆっくりどうぞ。私は休ませて貰います」

そう告げて目を閉じた鬼鮫に、霜降がぽかんと口を開けた。

「はあー。本気だよ。凄ぇな。本当に小枯は外から来た奴に連れてかれちまうんだな」

雨露が湯呑の酒を煽りながら土間の霜刃を見る。霜刃は尚も小枯から目を離さない。

「まあよ、霜刃、座んなって。いつまで突っ立ってんだ。お前も飲み直したらいいよ。お神酒上がらぬ神はなしってな。祝いでもちっとしか飲まねえで、それじゃ山神様に反って失礼ってモンだぜ」

霜降が自分の隣、鬼鮫と小枯が退いて空いた炉辺を叩いて霜刃を呼んだ。

「飲まんでもいいから座れ。…お前にゃ明日小枯と参の牟礼の社へ行って貰わねばならん。疲れを残すなよ」

そう言った大枯へ、霜刃が顔を向けた。

「明日か」

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