第9章 霜刃
「馬鹿なことを言う」
鬼鮫が小枯の顔に自分の顔を近付けた。小枯は逃げることもなく、鬼鮫の目を間近く見返してまた笑った。目の下の隈が僅かに薄らぎ、顔色も随分良くなっている。
鬼鮫は安堵の息を呑み込んだ。吞み込んだらじんわり身内が温まって、手足の先が痺れるような思いがした。
鬼鮫は小枯の額に自分の額をひたと重ねた。
「この私にそんなことを抜け抜けと言うのはあなたくらいなものですよ」
「うん?この私がどの私なんだか知らないが、私がお前の女ならお前は私の男だ。ふふ、何だかくすぐったいな、こういうやりとりは」
湿った髪から針葉樹と、小枯が香った。
鬼鮫は小枯の背中に手を回して抱き締めた。
「これくらいのことでくすぐったがっていてはこの先苦労しますね」
「そうか。それは楽しみだな」
鬼鮫を抱き返して小枯が目を閉じる。
「あんたと山を下りるのが、本当に楽しみだ」