悪役令嬢に転生したけど推しが中の人だった件について
第1章 目が覚めたら
「ヴァイオレット……あなたが誰か分からなくても、私たちはあなたを愛しているわ。少しずつ思い出していきましょうね」
いやいやいや、違うんです。
私は“思い出す”んじゃなくて、“知らない”んです。
だって、私は藤咲しおりであって、ヴァイオレットじゃないんだから。
でも、ここで「実は乙女ゲームの世界に転生してきました」なんて言ったら、完全に頭がおかしいと思われる。
医者の「記憶混濁」という診断は、ある意味で都合がいい。
「……すみません。ちょっと、混乱してて……」
私はそう言って、母らしき女性の手を握り返した。
その手は、思ったよりも温かくて、優しかった。
「しばらくは安静にしていただき、様子を見ましょう。記憶は、環境や人との関わりで自然に戻ることもあります」
医師の言葉に、公爵は深く頷いた。