悪役令嬢に転生したけど推しが中の人だった件について
第10章 神楽坂蓮の疑念
二人の視線は交わらない。
ルシアンは近くで、蓮は遠くで――それぞれがヴァイオレットの行動に疑念を抱き、同じような仮説に辿り着いていた。
だが、しおりの存在を知る者は誰もいない。
二人はただ、令嬢と友人、推しとファンという立場のまま、彼女の秘密を探ろうとする。
ヴァイオレットの笑顔の裏にあるものは何か。
その答えを求めて、二人の心には静かな火花が灯り始めていた。
ルシアンは、ヴァイオレットを見つめながら胸の奥に小さな違和感を抱いていた。
公爵令嬢としての彼女は完璧だ。立ち居振る舞いも、言葉遣いも、誰もが憧れる気品を備えている。
だが、時折ふとした瞬間に見せる庶民的な仕草――炭火を扱う手際、串焼きを頬張る笑顔、家庭菜園で泥に触れる楽しげな姿。
それらは令嬢の仮面からはみ出すように、自然で、あまりにも人間らしかった。
(……ヴァイオレット。君は本当に令嬢なのか? その奥に、別の誰かがいるように見える)
疑念は確かにあった。だが同時に、彼女の中に潜む“何か”に心を惹かれていく自分に気づく。
それは、ヴァイオレットの奥にいる“しおり”という存在。
名前も知らず、姿も見えない。けれど、彼女の庶民的な温かさや素直な笑顔は、まるで別の人格がそこに息づいているようだった。
ルシアン――いや、神楽坂蓮としての彼は、その感覚を否定できなかった。
「君の中には、もう一人の君がいるのかもしれないな」
そう呟いた声は、疑念と好意が入り混じった複雑な響きを帯びていた。
ヴァイオレットを通して見える“しおり”の存在。
それは謎であり、秘密であり、けれど彼にとっては心を温める光でもあった。
蓮は気づいてしまった。
――自分はヴァイオレットに疑念を抱きながらも、その中にいる“しおり”に好感を抱いているのだ、と。
夕暮れの街道を馬車はゆっくりと進んでいた。
窓の外に広がる橙色の空を眺めながら、蓮――ルシアンは深く息を吐いた。
「……俺は、確かに惹かれている」